「芸能は百年有効」コロナ禍で際立つ表現者のタイムライン - MusicVoice
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中山晃子(撮影=Haruka Akagi)
新型コロナウイルスの感染を広げる「3密」を避ける観点から、人が集まるイベントは自粛を余儀なくされた。たしかに音楽や芸術は今回の有事に際し、具体的な有効性はないのかもしれない。現場の最前線に立つのは、まぎれもなく治療にあたる医療従事者たちである。それゆえ「文化は“災害”において無意味」という声も聞かれるが、果たして本当にそうだろうか。その価値を改めて考えてみたい。
音楽現場のリアルな声に耳を傾ける当連載、第3回目に話を聞いたのは、VJとして数多くのアーティストとセッションを繰り広げてきた、画家の中山晃子。常に自己の表現を追求し続ける彼女が、この期間に見いだしたものとは、そして自身が考える芸術とは。【小池直也】
――新型コロナウイルスの影響を感じ始めたのはいつ頃からですか?
2月は別府のアーティスト・イン・レジデンス(芸術家が一時滞在して作品制作をするプロジェクト)でパフォーマンスと展覧会をする予定でした。でも「集まることを避けた方がいい」ということでイベント自体が中止になり、内覧会を配信するという形になりました。それが私にとって初めて配信を決断した機会でした。
それから4月、5月のイベントも中止になって、台湾、スペイン、パリ、イタリア、ロンドン、ドイツ行きもなくなりました。海外の仕事は半年から1年前にオファーを頂いて、そのための準備や心構えもするので、不完全燃焼が精神的に辛かったです。ただ、キャンセルのメールは当初「あなたの周りの人の安全を祈っています」という様なシリアスで長い英文でしたが、時間が経ってくると「来年はやるぜ!イエー」みたいな感じになって、こちらも救われました(笑)。空いた予定の隙間も別の仕事を頂けて幸運でした。
――3月といえば、RADWIMPS「Light The Light」のミュージックビデオの制作にも携わっていらっしゃいましたね。
RADWIMPSさんと映像監督・島田大介さんは毎年、東日本大震災のあった3月11日にコラボレーションしているんですよ。今年はボーカルの野田洋次郎さんが「コロナ禍で広がるアジア人への偏見に対して歌おう」と。私は島田さんからお声がけいただき、参加することになりました。
――緊急事態宣言の前後はどの様に過ごしていましたか。
家にいました。打ち合わせなどもリモートで、現場下見もなくなりましたからね。去年は半年以上に渡り旅をして、家には機材の入れ替えに帰る様な暮らしだったんですよ。それもあって当初は自粛が辛かったですが、自分のパフォーマンスのディテールについて冒険したり、簡単なヨガで体の中を意識したりしているうちに、楽しく過ごせるようになっていきました。
あとは会話欲がわくのでオンライン英会話や、MoMaの講義を受けたり、VRのコンテンツを体験すると同時に自分でも初歩的な3DCGを作ったりして、割とアクティブでした。仕事が忙しい時は移動してリハしてライブして、と受動的なスケジュールになるので「自分で決める」という予定の立て方を学べたのはよかったです。
――中山さんは有事に芸術はどの様に作用すると考えているか教えて下さい。
以前、気分がひどくダウナーになって専門家に診てもらったことがあります。その先生に「落ちている時はどうしていますか?」と聞かれたので、仕事柄もあり「自分が考えている心象風景を文章にしてみたり、絵具の小さい世界をカメラで俯瞰してきれいな部分を探してます」と答えたんですよ。すると「それはまさに自分が勧めている方法です」と。
それは心の有様を自分の外に出して、外側から見ること。「私は悲しい」ではなく「私は今悲しいと思っていることを知っている」というところまで書けたら、悲しい状態を外に出すことができるんですね。つまり芸術の技法はセラピーとして機能することがある。なので災害の時であっても完全に必要ないものとは言えません。
――自己療養として自らが創作するということですね。では純粋に鑑賞者としての視点で芸術を考えると、どうでしょうか?
「自分」という主語から解き放って、別のものに没頭する時間によって救われることはあると思います。私自身は落語が趣味で「この主人公が現実にいたら」と考えるんですよ。どうしようもない主人公が格闘しながら七転八倒する、その物語を見て彼の人生に救われたり、自分の問題が和らいだり、別の可能性を閃いたり。もちろん入院中には落語よりも人命救助だけれども、別の救いとして、その人が10年前に見た演目の記憶や、5年後に見た演目で過去が報われるということもあると思います。
今じゃなくても効果を発揮するのが芸術や芸能。確かに今は今の支援を早急にすべきです。でも芸術は何百年も有効だし、芸術家はそういう時間軸で生きているから、今やれることがなくても諦めてはいけない。今はそれを信じ直すことが大事なのではないでしょうか。それに芸術は、ひとつの出来事を多面的に見る視点を養い、複数の解釈を以って心の手綱を取り直す助けにもなりますから。
――ところで、オンラインフェス『TOKYO JAZZ +plus LIVE STREAM』では小田朋美(CRCK/LCKS)さんと、さらに先日は七尾旅人さんとオンラインで別々の場所からリモートセッションをされていました。これについての感想を教えて下さい。
最初は敬遠していて「低音が頭蓋骨を響かせないライブなんて!」と思ってました(笑)。でもZoomを使って小田さんとパフォーマンスしたあと、リビングでPCを見たら配信がまだ続いていて、自分が手を振っているところだったんです。それを見て「これは新しい時空のセッションなんだ!」と衝撃を受けましたね。
自分の音声が誰かの元に定着した時、実際に発した瞬間とのズレがどれくらいなのか、または音と映像の待ち合わせポイントを人間は意識することしかできない。そしてその意識している部分は、過去なのか未来なのかも分かりません。それによってSFの様に時間のはざまに迷い込んだ気分になるんです。
――なるほど。
旅人さんとのセッションは、その宇宙飛行士みたいな状態になることは理解できていたので、「肉体以外のものはすべて送信できる」と思って臨みました。対面はできないけど、私は色が着地する媒体を作ることができて、旅人さんは声を波の情報にしてここに来ることができる。自分たちをミキサーにかけ、小さくなって出会うという感じ。ファックスでスルメイカを送ろうとするおばあちゃんに似てるなと思うんですけど(笑)。
本番では旅人さんの音を、水を張ったスピーカーの前で待ちました。音が水を震わせて模様を作る技法は「サイマティクス」として確立されていますが、リモート時に音と絵が触れることに可能性を感じました。これから再び実際のパフォーマンスができるようになっても、リモートでセッションしたいアーティストがいたらライブの代替品ということでなく、続けていきたいです。
――それではコロナ禍以降の音楽や芸術、自分の活動について思うことがあれば教えて下さい。
光や音の移動時間に面白味を感じ出したことで、宇宙の神秘やロマンに吸い寄せられている様な気がします。だんだんと私の興味は「“今の”太陽の光は何分前の光だ」みたいなことに近づいていて。空に光っている星も、もしかしたら今はもう存在していないかもしれないじゃないですか。
オンライン上で光や音と並走するのか、逆方向に走って反対側で出会うのか。光と音と自分の行為の感触がジャストで出会わない、到着していない時間を楽しむオーディオ・ビジュアルができる気がするんです。さらにズレて出会った結果を見て、過去に何が起きたか遡って考えたり、光に行為が追い付く様にしてみることもできる。
そうしたら未来に階段が来ることを信じて、空中に一歩踏み出す様な勇気の出し方をするセッションができるかもしれません。それは私がジャズ・ミュージシャンのみなさんと「音の出ない楽器」としてご一緒にさせてもらっていた時の心構えにも似ています。
――相対性理論みたいな話ですね。そう考えると、私たちが生きている世界にも視覚(光)と聴覚(音)のタイムラグが日常的に存在していることに気付きます。
そうなんですよ。地球に帰ってきた宇宙飛行士がペンを自然と空中に置いたら地面に落ちてしまう、という動画があります。タイムラグに対して鋭敏な状態のプレイヤーが実際に人と対面したら、どんなパフォーマンスをするのか、そこで自分がどういう感覚になるのか、体感してみたいですね。
筆者紹介
小池直也 ゆとり第一世代の音楽家/記者。山梨県出身。サキソフォン奏者として活動しながら、音楽に関する執筆や取材をおこなっている。
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