「黒人の命も大切」ではなく「黒人の命こそ大切」 - Japan In-depth

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岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・白人警察シャービン氏の起訴は、彼の無罪を確実にする茶番劇。

・白人たちは「I can’t breath」ではなく「They can’t breath」と叫ぶべき。

・「Black Lives Matter」の「黒人の命も大切」という日本語訳に批判殺到。

■ 起訴はガス抜きと無罪のための仕掛け

全米に抗議デモが巻き起こるきっかけとなった、ミネソタ州ミネアポリスの白人警官による丸腰黒人の殺害事件は、同州の黒人の州司法長官自らが、白人警官のデレク・ショービン容疑者(44)の訴因を、懲役最高25年の第3級殺人(人命の尊さに著しく無頓着な心理状態で、意図せずに犯した殺人)から懲役最高40年の第2級殺人(計画性はないが意図的に犯した殺人)に格上げし、現場で殺人を幇助した3人の警察官をも起訴するという、異例の展開となった。

理不尽に命を落とすことになったジョージ・フロイド氏(享年46)の遺族は、終身刑に処される「計画性のある第1級殺人」での起訴を求めていたため、警官を訴追することが困難である状況の中での、最大の妥協案ともいえる。

しかし、現実には公務中の警察官の殺意の立証は、らくだが針の穴を通るよりも難しい。過去の類似ケースの決着のパターンから見て、裁判所にこのケースが送致される前に起訴処分が取り消されるか、裁判で無罪になる可能性が非常に高い。

ショービン容疑者を、刑がより重いが有罪のハードルもはるかに高い第2級殺人で起訴したことは、米国内外で高まる警察や司法への憤りのガス抜きを行うと同時に、白人警官の不起訴あるいは無罪を確実にするための、検察の温情の茶番劇であるとの解釈も成り立つ。

■ 黒人の抗議を乗っ取る白人

そうした中、筆者の住む西海岸、北西部のオレゴン州においても抗議デモが各地で繰り広げられている。米国勢調査局の2019年の推定では、全住民約420万人の内、なんと約87%を白人が占めるという、全米でも「最も白い」州のひとつである。特にデモの中心となった都市部には裕福なリベラル層が多く、当然、参加者も大多数は白人だ。

何千人にも上る彼らの抗議行動を間近に観察していて特に興味深かったのは、参加者たちが口々にフロイド氏の最期の言葉である、「息ができない」を意味する「I can’t breathe」を叫んでいたことである。筆者はそれを見て、吐き気を催した。

▲写真 NE Alberta Street, Portland Oregon. 30 May 2020 出典:flickr by drōz.da

彼らは、黒人が白人による迫害や抑圧に抗議する象徴的な言葉である「I can’t breathe」を乗っ取ったばかりでなく、それを念仏のように唱えることで、「自分たちは黒人との連帯者であり、加害階級ではない。だから同じ被害者である」と示唆しているように見えたからだ。人種上のアリバイ作りである。

この国で特権階級である人種に属し、「白人州」であるがゆえに人種問題も見えにくい場所において、白人たちは「I can’t breathe」と言う資格はないはずだ。どうしても連帯を示したいのであれば、「彼らは息ができない」を意味する「THEY can’t breathe」を叫ぶべきなのである。彼らは、建国以前から黒人に対して一貫して加害を行う人種に属する者として、黒人の訴えを薄めたり、利用したり、乗っ取るべきではないと感じた。

その点で、有名な白人女性歌手であるテイラー・スウィフト氏(30)が、黒人のための正義そのものを訴えるのではなく、自身の政治的な目的のためにトランプ大統領(73)の黒人デモに対するツイートを批判し、「11月の選挙で落選させる」と述べたのは、その象徴であったといえよう。

個人のレベルを超えた人種集団としての白人は、黒人の命を奪い、人間性さえ奪いながら、それだけではなお足らず、彼らの正義への訴えさえ乗っ取っているからだ。

▲写真 George Floyd Memorial, Minneapolis 出典:flickr by Chad Davis

この傾向には一貫性がある。オレゴン州のスポーツウェア大手ナイキは、自社スローガンである「Just Do It」をもじって、「Don’t Do It(やらないでください)」とツイートし、差別的行為に背を向けないように訴えた。

そのナイキは、オレゴン州の地元有力広告代理店であるウィーデン+ケネディに依頼した2018年のテレビ広告に、黒人アメフト選手コリン・キャパニック氏(32)を起用、彼が象徴する「Black Lives Matter(黒人の命が大切)」をサポートする形を取りながら、巧妙にフェミニズムやイスラム文化許容、障碍者などの別要素を紛れ込ませ、中心的メッセージであるはずの「黒人の命が大切」を希薄化したことは、よく知られる。

Nike ad JUST DO IT 30th Anniversary campaign Colin Kaepernick commercial

https://www.youtube.com/watch?v=lomlpJREDzw

▲ナイキCM動画リンク

このように、「黒人の命が大切」という問題の本質をそらすことは、黒人に対する加害の延長であるゆえに、違和感を引き起こす。たとえば、米著名白人LGBTコメディアンのエレン・デジェネレス氏(62)が、フロイド氏の死に関して連帯のメッセージを出したが、共感を得られずに総スカンを喰らっていることが、ハフポ米国版によって報じられている。真実の共感でないものは、見破られてしまうのである。

After Criticism, Ellen DeGeneres Expands Thoughts on Black Lives Matter

https://www.huffpost.com/entry/ellen-degeneres-george-floyd-black-lives-matter-response_n_5ed66cbbc5b682d7d88e78d2

▲記事リンク

一部の暴徒化したデモ参加者によって、店の窓ガラスなどを破られた筆者の街の白人経営者が、「われわれは被害者ではない。巻き添えを喰っただけだ」とコメントして「連帯」を示していたのも、被害に対する保険金が下りることを考えれば、何か偽善臭が漂う。

▲写真 Black Lives Matter Los Angeles 出典:flickr by Louis Carr Photography

■ 黒人の命「も」大切か、黒人の命「こそ」大切なのか

この「黒人との連帯」や「黒人問題の認識」に関しては、日本でも論争が起こっている。朝日新聞傘下のハフポス日本版が5月31日に配信した記事において、「Black Lives Matter」を「黒人の命も大切」と訳したことに、ヤフコメで以下のような批判の声が一斉に上がった。

「黒人と他の人種を平等と考えていない現れだ」

「『も』と言うひらがなが入るだけで人種差別しているように感じる」

「記者の英語訳だけの問題でなく、問題の本質をいかに捉えられていないかだ」

『#BlackLivesMatter』企業も黒人差別に抗議、力強いメッセージ続く Netflix「私たちには声を上げる義務がある」https://news.yahoo.co.jp/articles/8e3f6ad8b78110c87572df256704e5566d0370f7

ジャーナリストでヤフーニュースのオーサーである治部れんげ氏(46)も論争に参戦し、「今もアメリカに残る酷い黒人差別、特に若い黒人男性が命の危険を感じている事実を矮小化している」と批判した。

だが、この「黒人の命も大切」という言い回しは、未だに多くの日本メディアで使われている。6月1日および3日放送のNHK「国際報道2020」池畑修平キャスター(51)の解説や、フォーブスジャパンの6月4日付記事「なぜ『All Lives Matter(すべての命が大切)』と言うのをやめる必要があるのか」の翻訳でも繰り返し現れている。

▲写真 ”What happened to ‘All Lives Matter’?”, a sign at a protest against Donald Trump 出典:David Geitgey Sierralupe

「Black Lives Matter」はそのまま素直に訳せば、「黒人の命が大切」あるいは「黒人の命は大切」となる。しかし、現在の抗議行動の文脈からすれば、黒人参加者たちは「黒人の命こそ大切」と言っているニュアンスになる。それを、わざわざ「黒人の命も大切」と言い換えるところに、日本のリベラルメディアと、米リベラル(エリート)白人たちの「黒人運動の乗っ取り」「アリバイ作り」「問題のすり替え」の近似性と類似性が感じられるのだ。

人間性も命も簡単に奪われてしまう人種グループの訴えとしては、「黒人の命こそ大切」であり、その主張は白人やその他の人種グループに対する差別にはならない。ハフポ日本版やNHKは、偽善的な「黒人の命も大切」という言い回しを取り下げる時期に差し掛かっているのではないだろうか。

トップ写真:Black Lives Matter Rally 出典:flickr by David Geitgey Sierralupe

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この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

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