社説 考ともに 介護崩壊の不安 支える人に目を向けたい - 信濃毎日新聞

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 先月末、およそ4カ月ぶりに母の声を聞いた。

 85歳になる。認知症があり、兵庫県明石市の高齢者施設にいる。週1回電話をかけていたが、すぐ留守電になった。着信に気づかないのだろう。やがて同県で新型コロナウイルスの感染が拡大。施設内も大変だろうと、落ち着くまで電話を控えることにした。

 久しぶりに聞く声ははっきりしていて、相手も誰だか分かっているようだ。

 「ここは暑うてたまらん」と母。「悪い病気がはやっとうから外には出られへんで」と自分。「へぇ、そうかいな」と母。

 あっけらかんとした受け答えに少し気が楽になった。

 感染が深刻な欧米では死者の多くが高齢者施設で起きた集団感染の犠牲者と伝わる。

 施設の介護職員は、食事や入浴、排せつなどの世話で入所者と密接状態になる。防護具は医療機関ほど十分でない。感染者が出ると集団感染につながりやすいのは欧米も日本も同じだ。

 次に備えて検査や医療は体制強化が進む。介護施設の対策は大丈夫なのか。不安が消えない。

 政府は2月に決定した基本方針で、高齢者施設で感染者が確認され重症化する恐れがある場合、円滑に入院医療につなげるとした。厚生労働省も高齢の感染者は原則入院との通知を出している。

 実際は、入院に至らず施設で死亡する事例が相次いだ。札幌市の介護老人保健施設「茨戸(ばらと)アカシアハイツ」で起きた集団感染もその一つだ。運営法人がホームページに掲載した報告や現地の報道を基に振り返ってみる。

 発熱した入所者が4月26日に陽性と確認されたのが最初だ。30日までに職員も含めさらに40人以上が陽性と判明した。

 市保健所は、市内の複数の病院で院内感染が発生し病床が逼迫(ひっぱく)したことなどから陽性者を施設内で療養させる方針を決める。

 5月1日から陽性者を施設2階に隔離したが、感染は拡大。症状が悪化する感染者には酸素供給や点滴ぐらいしか施せず、何もできずにみとる事態が起きた。

 市が入院先を調整し病院搬送を始めたのは12日。この時点で既に8人が死亡。市は16日に現地対策本部を設け、診療や介護などを統括管理する体制を整えた。

 結局、入所者は7割に当たる71人が感染し、11人が施設で亡くなった。職員も21人が感染した。

 この間、看護スタッフ14人のうち10人が現場を離れ、市が医師や看護師を派遣。一方で介護職員の補充は難航。入所者の食事を1日2回に減らし、入浴介助は2週間以上できない状態になった。

 支援にスピードが伴わないと介護崩壊が起き、適切な治療もケアも受けることなく息を引き取る人が相次ぐ。経過からは、凄惨(せいさん)な実態が浮かび上がる。

 介護職は慢性的な人手不足にある。介護崩壊を起こさないためには、感染予防とともに、感染者が出た場合の素早い人的支援の手当てが必要だ。

 共同通信の調査で介護施設での死者数は5月8日時点で全体の約14%を占めた。厚労省幹部は同15日の衆院厚労委員会で、介護施設での感染状況を「網羅的には把握していない」と述べている。

 施設での集団感染は何が起きているか見えづらい。対処方針の決定や感染者への対応はどうだったか、支援は適切に届いたか。国は全国の事例を自治体とともにできる限り早く検証するべきだ。

 茅野市で在宅療養支援診療所を営み高齢者施設への往診もする医師林直樹さんは、施設への緊急アンケートを踏まえ、地域の行政に三つの対策を要望した。

 ▽専門家による感染対策アドバイスチームの編成と派遣指導▽マスクや消毒液など物品の優先的な配布▽有事の際の人材派遣の仕組みづくり―だ。

 「特に、鍵になるのがマンパワーの確保」と強調。介護職の人材バンクを構築し人件費を公的に助成できないか構想を練る。「いざという時に現地に赴く専門家集団が地域にあれば、介護を担う人の安心にもつながる」と訴える。

 各施設からは強い緊張感が伝わっているという。国の通知に基づき感染対策を講じながらも、林さんに大丈夫か念を押してくる。職員たちは自分だけでなく家族の細かな行動も気にする毎日だ。

 一方で賃金が低い介護職の待遇改善は進んでいない。全国ではストレスの連続に離職を考える人も少なくないとされる。

 人生の晩年を過ごす場所は、平穏であってほしい。日頃親孝行ができない人間としての切なる願いだ。だからこそ、支える人たちにもしっかりと目を向けたい。

(6月7日)

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