昭和アウトローの生き様を描くヤクザ叙事詩!『無頼』は井筒和幸監督版『ゴッド・ファーザー』か!? | BANGER!!! - BANGER!!!(バンガー!!!)映画評論・情報サイト

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8年ぶり新作! 井筒和幸監督の集大成

「すごい映画だ……」映画の後半には、思わずそう声が出た。作品のエネルギーに圧倒される、146分。井筒和幸監督の集大成と言ってしまっていいだろう。67歳になる井筒監督8年ぶりの新作『無頼』は、そう言えるものを作り上げようという意欲がはっきりと見て取れる。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

『無頼』は、あるヤクザの組長の少年時代から、任侠道を引退するまでの約30年間を描いた叙事詩である。物語は1956年から始まり、戦後復興期、高度経済成長期、バブル経済期とその崩壊までが描かれている。

この組長には実在のモデルがいる。本作は、その組長の実体験をフィクションに落とし込んだエピソードが年代順に積み上げられた構成だ。世間を騒がせた現実の事件や、実在の有名人、宗教団体が名前を変え、架空の存在として登場する。もちろん全て、モデルとなった組長が関わった事柄である。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

井筒監督はメッセージ性が強い社会派の作家である。その一方で井筒作品はすべて、見て楽しいエンターテインメント作品だ。監督の過去作品は、ストーリーは軽妙で起承転結がしっかりしている。今回の作品のような、いわば叙事詩と言える構成をした映画は、実は初めてなのではないだろうか。

『無頼』という抽象的な映画タイトルも、他の過去作品とは一線を画す。井筒監督はエピソードを淡々と積み重ねることによって、“無頼”というものを浮かび上がらせようと試みている。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

ヤクザ組長の個人史という時間軸と、映画史という時間軸

最初に、この『無頼』というタイトルを見たときは不安になった。あまりに大上段に構えたタイトルに思えて、理屈っぽかったり説教臭かったり、有り体に言って面白くなかったら、どうレビューを書いてよいのだろうと思った。しかし、それは杞憂に終わった。メッセージをエンターテインメントに仕上げることができる作家は、叙事詩の体をとっても面白く作り上げるバランス感覚を持っているらしい。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

本作のように、いわば“近過去”を描いた作品には、映画作りの醍醐味があるのではないだろうか。その過去世界を作り出す街並みや小物がまだギリギリ現存しているからだ。リアルで、鑑賞する者が「そういえばそんなものあったな」と、懐かしむことができる空間を作り出すことができる。

小物の中でも最も時代を象徴するのは、やはり車だろう。車は映画に花を添える。本作も時代ごとに象徴的な車が登場する。それを見ているだけでも楽しいし、そのチョイスのセンスに遊び心をくすぐられる。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

一言で簡単に「街並みや小物がまだギリギリ現存している」などと書いてしまったが、実際それを揃えるには大変な労力と予算が必要だろう。本作はそれを貫徹した非常な大作である。それにしても、これほど映画らしい邦画を見るのは久しぶりな気がする。

実在のヤクザの親分をモデルにした人物が主役で、実在の有名人がモデルのキャラクターが物語に絡み、近過去を描いた映画といえば『ゴッドファーザー』シリーズ(1972~1990年)だ。『無頼』は、はっきりと『ゴッドファーザー』を意識している。過去の名作を下敷きにしたら、その映画は往々にして失敗しがちだと思うのだが、本作は見事にそれをやり遂げている。監督のスタイルが出来上がっているからだろう。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

それがよく表れているのが、主題歌と挿入歌だ。泉谷しげるの「春夏秋冬」と小林旭の「熱き心に」である。ベタベタでんがな。そのカッコつけなさに井筒流の『ゴッドファーザー』を成功させた理由が見えるような気がした。

ヤクザの組長の個人史という時間軸の他に、映画史という時間軸が本作品には貫かれている。描かれる時代、時代を象徴する映画が登場し、時の経過を知らせる。作中で映画を取り上げるために、ヤクザたちが皆かなりの映画マニアという設定になっているのがおもしろい。そのヤクザの口から最初に語られる映画が『ゴッドファーザー』である。井筒監督が劇中でチョイスした他の映画もとても興味深い。

松本利夫、柳ゆり菜ら新進キャスト陣がさらなる飛躍間違いなしの名演を見せる

井筒作品といえば、俳優が出演をきっかけに飛躍していくことで知られている。なかでも『パッチギ!』(2004年)の沢尻エリカを筆頭に、女優の躍進が目立つ。井筒作品のヒロインといえば、気が強い女王様キャラだ。本作のヒロイン・柳ゆり菜は組長の妻役ということもあり、歴代の井筒作品の中でも最も迫力あるヒロインかもしれない。ドスが効いた声が役柄にぴったりだった。最も迫力があると同時に最も母性を感じさせる女優で、個人的には非常に好きである(笑)。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

主役を務めたのは松本利夫(EXILE)。圧巻の演技に圧倒された。本作をきっかけに、間違いなく大きく飛躍していくだろう。暴力を描いた映画には欠かせない存在になりそうだ。そして私が「カッケー!」と思ったのは、組幹部役を演じた松角洋平と、過激派上がりの若いヤクザを演じた高橋雄佑である。松角は「渋さ」が、高橋は「青さ」がかっこいい。

本作のポスターには「正義を語るな、無頼を生きろ」と書いてある。最初よく意味がわからなかったが、それが現在のネット言論に対する怒りのメッセージだと気づく。劇中の「カネで買えないものはない」というセリフは国会議員が言った言葉となっているが、それは、マスクをしないで餃子店に入り揉めごとを起こして昨今世間を騒がせたあの人の言葉の流用である。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

現在コロナ禍の状況で、経済を優先するのか、感染予防を優先するのかで世論が2つに割れている。あたかもどちらかが「正義」とでも言うように。ことの是非を問うだけの単純な正義がはびこり、暴力となっているのが現在のネット言論だ。「カネで買えないものはない」と考える件の人物は、世間の耳目を集めるために二者択一の問題を煽る。そうした者に対して「正義を語るな」と井筒監督は言っているのだろう。

また叙事詩の体を取る本作だが、主役の組長の親友である右翼運動家の自決が、物語のクライマックスとして据えられている。その運動家は「成功も名声も望まない生き方」をしてきたと言う。それは承認欲求の塊となってしまった現代人へのアンチテーゼとして語られているのではないだろうか。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

つべこべ言うな、過剰にしか生きられねえんだ

井筒監督は“無頼な生き方”を通して、現代の若者に「くじけるな、寄る辺なき世界を生き抜け」と励ましたいと語る。前述のインターネットをめぐる状況は非常にアホらしい。しかし、他人の目に翻弄される生活の空虚さと、孤立を恐れる現代人の姿が端的に表れている。アホらしいから深刻だ。

52歳の私は、もちろん若者ではないが、彼らと同じくインターネット中毒だ。承認欲求を刺激されまくっている。だから「成功も名声も望まない生き方」と言う言葉に、非常にほっとする気持ちになった(笑)。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

若者はこの映画を見て、どう思うだろうか、とても興味がある。しかし、もしかして叙事詩の体の映画の見方すら知らないのではないかと不安になったりもする。漫画ばっかり好きなんだもん。

最後に、件の右翼活動家のモデルになった人物が、千葉刑務所に収監されている時に詠んだという一句を添えてレビューを終えたい。“無頼”とは何かを考えるヒントになるだろうか。

俺に是非を説くな 激しき雪が好き

つべこべ言うな、過剰にしか生きられねえんだ。そう言っている。

『無頼』©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

文:椎名基樹

『無頼』は2020年12月12日(土)より公開

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