直接的な表現が奏功 りりあ。『浮気されたけどまだ好きって曲。』 - 朝日新聞デジタル
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音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載では、いしわたりが歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。
1 “浮気されたけどまだ好きって曲。”(りりあ。『浮気されたけどまだ好きって曲。』タイトル)
2 “しんどい顔して届けても笑って届けても重さは変わらないですから”(歩荷・石高徳人)
3 “そっからはもう私、後藤さんのこと、超ナメてる”(フワちゃん)
4 “ヤケ搔き”(笑い飯・西田幸治)
5 “小1くらいになるやんか!”(ブラックマヨネーズ・吉田敬)
最後に日々の雑感をつづったコラムも。そちらもぜひ楽しんでいただきたい。
いしわたり淳治 今気になる五つのフレーズ
りりあ。さんの『浮気されたけどまだ好きって曲。』。浮気された女性の目線で描かれる心理描写が秀逸な、TikTokでも人気の切ない曲である。Aメロに「匂わせのストーリーが更新 携帯片手に放心」とあるように、恋人に浮気をされていると知った時の気持ちは怒りや悲しみも通り越して、どこか放心状態に近いものがあるもの。『浮気されたけどまだ好きって曲。』という、事実を事務的に並べたようなぶっきらぼうなタイトルは、そんな放心状態の虚無感をとてもよく表している気がして、うまいと思った(彼女はこの曲のタイトルを募集したりもしていたようだけれど、結局元のままにしたのは正解だと思う)。
サビの「汚れた君は嫌いだ 君を汚したあいつも嫌いだ」というフレーズも良い。浮気を「汚れた」と表現することで、主人公の純真さや若さみたいなものを最小限の言葉でとてもうまく描写していてすてきだ。
音楽というものは誰かの暮らしの中で機能することがひとつのゴールだと思う。こんな風に、アコースティックギターの弾き語りで作者の手からポッと生まれたちいさな音楽が、SNSを通じて広がり、たくさんの若者たちの共感を得て毎日の中で機能している様子は、音楽としてのとてもしあわせなゴールを見ているような感じがする。
作った人がメジャーかインディーか、プロか素人か、そんなことは関係なく、ただその曲が誰かの暮らしで機能するかどうか、という価値観の中でヒット曲が生まれていく時代はこれからも続いていくだろうなと思う。
10月18日放送の日本テレビ『所さんの目がテン!』で、尾瀬の湿原で働く歩荷(ぼっか)の仕事を特集していた。歩荷は山岳地域に歩いて荷物を運ぶ仕事で、背負子(しょいこ)と呼ばれる道具に段ボールをいくつも積み重ね、時には100kg近い荷物を担いで歩いて山小屋まで運ぶ仕事である。林道が整備されて車での輸送が可能になったり、ヘリなどの輸送技術が向上したりしたことで、現在は歩荷の仕事は、尾瀬などの車の入れない一部地域のみに残っている程度なのだという。
歩荷の石高さんは、どんなにしんどくても山小屋の手前で一度休んで、息を整えて、最後は笑顔で届けるのだ、と歩荷の心得を話していた。そして最後に「しんどい顔して届けても笑って届けても重さは変わらないですから」とほほ笑んだ。何とすてきな言葉だろう。
寝てないアピールや、忙しいアピールをしてくる人がたまにいる。いや、もしかしたら私も時々してしまっているかもしれない。だけど、しんどい顔をして仕事をしても、笑顔で仕事をしても、その仕事量や大変さは何も変わらない。しんどくても、大変だったんだ、なんていう圧をかけたり、そんな雰囲気をにおわせたりしない、大きな人間でありたいなと思った。顔色ひとつ変えず前進し続ける歩荷の姿を見て少し背筋が伸びた気がした。
10月27日放送の日本テレビ『ウチのガヤがすみません!』でのこと。破天荒に見えるフワちゃんだけれど、大御所と共演する時は過去の出演番組を研究して臨むのだそうで、「何も知らない状態で行くよりかは、その人がどういう人かあらかじめ調べた方が仕事しやすい」と言った。でも、その後で親しい関係者から「フワちゃんは大御所の恥ずかしい映像ばかり見て、ちょっとだけナメた状態で挑むようにしている」というタレコミが入って、彼女は笑いながらMCのフットボールアワーの後藤さんに「初めにこの番組来た時も、“あの後藤さんだ!”とか思ったら緊張しちゃうから、『後藤 恥ずかしい』みたいな感じで検索して、そうすると後藤さんが笑いすぎて、歯が抜けた時の映像が出てきて、そっからはもう私、後藤さんのこと、超ナメてる」と言った。
それを見て、いいことを言うなあと思った。「ナメる」という表現はよくないけれど、力を抜いて仕事をするのは大事なことである。昔から腹八分目とはよく言ったもので、私も仕事でも何でも、8割くらいがちょうど良いんじゃないかと思っている。作詞を頼まれた時も、最初はそのアーティストについてあれやこれや120%考えて、そこで一息ついて、実際に作詞の作業に移る時は8割の力で書くように心がけている。イメージ的には120×0.8=96で、それで結構100点に近いものになるような気がするのである。4点足りないじゃん、と思われるかもしれないけれど、エンターテインメントはあくまで娯楽なので、100点を出そうと頑張りすぎて意欲や思想が作品にぎっちぎちに詰め込まれていると、受け取り手である客は気軽には楽しめなかったりもするし、それくらいの“遊び”は絶対に必要なような気がする。それに、絶対に100点を出さなくてはいけないと意気込むほどに頭も体も逆に縮こまって、結局は半分くらいの実力しか出せなかったりすることもあるから。
仕事をする時はちゃんと調べてから、その上でちょっとナメた状態で挑む。彼女の姿勢はパフォーマンスを上げるための、ものすごく大事な部分を捉えているのでは。
10月15日放送のテレビ朝日『アメトーーク!』お肌よわよわ芸人の回でのこと。肌の弱い人にとって肌を搔(か)いてしまうことが一番いけないことである、とさんざん話した後で笑い飯の西田さんが、なのにスベった日は自暴自棄になって思いっきり肌を掻いてしまうという話をして、それを「ヤケ搔き」と呼んでいた。
ヤケ酒、ヤケ食い、ヤケ買いなどは聞いたことがあるけれど、「ヤケ搔き」があるとは。そういえば私も花粉の季節になると、ダメだとわかっていながらごくたまに思いっきり目を掻いてしまうことがある。今思えば、あれは何か嫌なことがあって、それに対する「ヤケ搔き」だったのかもしれない。あの謎の衝動に初めて名前がついた気がした。
2020年7~9月期の実質GDPがプラス成長したというニュースを目にして、ふと以前BSフジ『ブラマヨ談話室〜ニッポンどうかしてるぜ!〜』で、4〜6月期が前期比28.8%減だったことについて話していたのを思い出した。普段ならGDPは数%下がっただけで新聞で大きな記事になるのに、コロナによってその辺の感覚がおかしくなってきているのが怖い、というようなことを時事ジャーナリストの畑山博史さんが話して、それに吉田さんが日本経済は今は7割くらいの力しかないと言われても感覚的には実感がないと言い、「身長で言ったら、何センチ縮むくらいですか?」と尋ねていた。
吉田さんの身長は170cmなので、30%縮むということは大体120cmになると知って、「小1くらいになるやんか! めちゃくちゃヤバイやんけ」と驚いていたのを覚えている。
経済を人間には置き換えられないので、あくまでイメージとしてだが、たしかに、そう言われると何だかものすごく怖い感じがした。でも、大人の身長が縮むのはなかなか想像しにくいので、もしかしたら体重の方がイメージが湧きやすいかもしれない。体重60kgの健康な成人男性が、急に30%減って42kgになったと考えると、あばら骨が浮き出て、まったく働けないということはないけれど、ちょっと動いたらすぐに息が切れて、倒れてしまいそうである。
今の日本経済は一度はそんな状態にまで陥って、少しずつ回復している最中なのだと、これから本格的な冬が来て感染が再拡大したら、またすぐにそんな状態に戻りかねないのだと、頭の片隅に置いて日々を暮らそうと思う。
<<mini column>>
この連載が書籍化されます
この連載が書籍化されて筑摩書房から12月14日に発売されることになりました。書籍化にあたって過去の原稿を読み返すうち、この連載は自分にとって「言葉の新しい使い方を発見するよろこび」なのだなと気がついて、ということはこうやって言葉の新しい使い方を日々見つけていけば、作詞における永遠のテーマである “言葉にならない想い”なんてものは、もしかしたらいつかなくなるのだろうかと、ふと思った。そんなわけで書籍版のタイトルには『言葉にできない想いは本当にあるのか』というタイトルをつけさせてもらった。
作詞家を続けているうちに、言葉というのは結局、感情の近似値を表すことしかできないのだなあ、と思うようになった。もちろん、「そこのペン取って」のような事務的な伝達だけなら完璧に言語化できていると言えるのかもしれないが、とかく目に見えない「感情」というものを過不足なく言語化するのは非常に難しいことである。
それはまるで、コンパスをくるりと回せばいとも簡単に子供でも描ける円の面積を、いざ数字で表そうとすると、円周率という無理数が邪魔して正確に表すことができないのと似ているかもしれない。数字はとても便利だけれど、万能ではないのだ。同じように、「愛している」と言えば相手にこちらの愛がすべて伝わるかというと、そういうわけではない。言葉もまた便利ではあるが、決して万能ではないのである。だから、私は言葉の新しい使い方に出会うと少し言葉の可能性が広がった感じがして、うれしくなるのだと思う。
書籍には新たにコラムをいくつか書き下ろしています。どこかで目にした時は手に取って頂けたら幸いです。
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