初めてなのに、懐かしい味。ヨーロッパもアジアも感じる、ジョージア料理/Colchide - 朝日新聞社

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連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
この《パリの外国ごはん》は、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。フードライター・川村明子さんの文と写真、料理家・室田万央里さんのイラストでお届けします。
次回《パリの外国ごはん そのあとで。》は、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
川村さんが、心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》もあわせてお楽しみください。

初めてなのに、懐かしい味。ヨーロッパもアジアも感じる、ジョージア料理/Colchide

初めてなのに、懐かしい味。ヨーロッパもアジアも感じる、ジョージア料理/Colchide

前回の「パリの外国ごはん」でロシア料理店に出かけた時に、実は挙がっていたもう一つの候補、ジョージア(グルジア)料理。フランスで初めて“ジョルジー”という国の名を耳にしたのは、ワインバーの取材でだった。

「ワインの生産が盛んで、面白いものがあるんだ」と聞いた。パリで自然派ワインを売りにしたビストロやバーがちらほらオープンし始めた頃だ。旧ソ連の構成国だったグルジアが、どうしてそんな英語みたいな名前なんだ?と驚いた。それが気づけば日本でもジョージアと呼ばれるようになり(2015年に日本における国家名称が変更された)、旅をした友人に話を聞いたりして、地図上で場所を把握するくらいにはなった。

北はロシア、南はトルコと隣接するその位置に興味が湧いた。単純な発想で、ボルシチ的なビーツをベースにしたものと、トマトやナスを多用しオリーブオイルで和(あ)えた料理が融合した食文化を想像した。でも、実際にジョージア料理を食べる機会はないままだった。

だから、外出規制期間中にインスタグラムで、ヨーロッパとアジアの間を感じさせる料理の写真を見つけた時には、興奮した。店情報を送ると、万央里ちゃんも何かで見て、行きたいと思っていたらしい。

初めてなのに、懐かしい味。ヨーロッパもアジアも感じる、ジョージア料理/Colchide

そろってチェックしていたジョージア料理の店Colchide(コルシード)は、2018年6月にオープンながらすでに18区に3店舗を展開している。万央里ちゃんが電話をかけてくれ、全店経営は同じと聞き、2人共がいちばん行きやすいマルティール通りにある店に行くことにした。

ピガール駅から徒歩3~4分。着くと、陰影のある何やらおしゃれな店内で、初体験の空気を感じ、ワクワクした。どこでも好きなところに、と言われたので、窓際の奥の大きな丸テーブルに決め、早速メニューに目を通す。見事に、料理名が一つもわからない。これだよこれ!と、うれしさがこみ上げてきた。未知に出合うこのワクワクが、たまらなく好きなのだ。

料理名の下に書かれたフランス語の説明を上から一つずつ読んでいく。どうもクルミをよく使うようだ。野菜の前菜には、どれにもクルミが合わせてある。その中でも、みじん切りしたインゲンとクルミのコリアンダー風味、というひと皿が気になった。インゲンをみじん切りにするという発想が自分にはなかったからだ。どれくらいの細かさなのだろう? 見てみたい。

前菜とメインの間には、“パン”と書かれた項目があった。「khatchapouri(ハチャプリ)はジョージアの国民的料理で、地方の数だけバリエーションがある」と紹介されている。チーズ入りがスタンダードのようだ。面白いなぁ。ロシア料理店でもピロシキがメニューにあったけれど、パンを国民的料理とみなすことが、興味深い。

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メインもまた、“土鍋で煮込んだ小豆のラグー” “マッシュルームのファルシ、チーズ入り、土鍋焼き”など実物を見たいと思う料理が並び、迷った。あーだこーだと考えた末、“白ワイン入りブイヨンで蒸し煮した子羊肉、タラゴンと新玉ねぎ風味”に決めた。万央里ちゃんは、“ジョージアスパイスとトマトで煮込んだマッシュルーム”にすると言った。

そしてドリンクメニューに視線を移すと、ジョージアワインがずらっとリストアップされていた。それを見て、かつて聞いた話を思い出したのだ。すると、万央里ちゃんが「タラゴン風味のレモネードがある!」と声をあげた。前回、ロシアン餃子(ギョーザ)屋さんで初体験したタラゴンサイダー。比べてみたいね、と頼もうとしたら残念ながら品切れで、代わりに、ぶどう風味と洋梨風味を試すことにした。

そこでタラゴンの話になった。「私、エストラゴン(フランス語でタラゴンのこと)って縁がないっていうか、全然使い方がわからない」と万央里ちゃんが言った。それを聞いて「ああ。私、こっち(パリ)に来てからフレンチの料理学校に通った時に、基礎コースで習う料理に出てきて、それで使うようになった。牛フィレ肉のステーキにつけるベアルネーズソースとか、子牛肉のローストに合わせるソースに加えたりとか。私、エストラゴンってなんか憧れるんだよねぇ。魅力的な女性って感じがして。こういう魅力は私は持てないなぁって思うような、妖艶(ようえん)な、惑わせる印象がある」と言ったら、「そうか、だから縁がないのか」というので、2人で笑った。

初めてなのに、懐かしい味。ヨーロッパもアジアも感じる、ジョージア料理/Colchide

タラゴンサイダーの代わりに頼んだ洋梨風味のドリンクは、可愛いラベルのついた瓶入りで、少しうがい薬を思わせる味だった。ブドウ風味も味見させてもらうと、「これ、ファンタじゃん!」と一口飲んだだけで即座に懐かしい味がよみがえる、よく知る味だった。「そう。ファンタ。こんな甘いジュース飲みながらごはんなんて、いつぶりだろ~」と味だけじゃなく、風景まで万央里ちゃんは思い出しているようだった。

紫色のスプラウトを上にあしらい、全く想像していなかった姿でインゲンとクルミの前菜が登場した。見た目だけではなく、味もしかり。調味料がいくつも加えられている印象はないのに、インゲンとクルミ、とメニューで見ていなかったら、まずわからなかったと思う。粗く挽(ひ)いたクルミは、木綿豆腐を崩したような食感で、「いや本当はお豆腐混ぜてるんじゃないか?」と思案するくらい、知らない味だけれど、なじみがあるように感じた。そして、後味にピリッと辛みが舌にアクセントを放った。これはなんだかワインが進みそうな味だ。

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インゲンとクルミの前菜(手前)と、国民食ハチャプリ(奥)

国民食ハチャプリは、小さいサイズを注文したけれどなかなかのボリュームで、かの国での食卓での存在感を感じた。手に取るとピザよりも軽やかで、空気を含んだ生地は口当たりも軽く、中のチーズもボソボソっとした脂肪分の少なそうな質感で、気づいたら無くなっていそうな食べやすさだ。これは、お酒と一緒でもおいしいだろうけれど、前の晩の残りを朝、温め直してコーヒーとっていう朝ごはんもいいだろうなあ、と想像した。

私が憧れを抱くタラゴンがふんだんに使われた子羊肉の煮込みを食べると、途端に、世界地図が頭の中に浮かんだ。ハーブの爽やかさが、少しスーッとする煮込み料理の味。「これ、イラン料理屋さんで食べたやつに似てる。サフランライスを付け合わせてもおいしそう」「あ~、イランかぁ! そうだ、通じるものがあるね」。実際に旅したわけではないけれど、よみがえる舌の記憶は旅した気分だ。

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タラゴンがふんだんに使われた子羊肉の煮込み(中央手前)と、トマトで煮込んだマッシュルーム

マッシュルームのトマト煮込みは、少し苦みを感じた。トマトと同じくらい、赤ピーマンが入っているのかもしれないなぁと思う。それで、見た目から想像するよりも、少しキリッとした硬派な味で、食べやすかった。

イスラエル料理屋さんでも、一見トマトソースに見えて、でも食べると、赤ピーマンか、と思うことがよくあるなぁ、と再び世界地図を頭に浮かべながら食べた。
 

Colchide
79 Rue des Martyrs, 75018 Paris

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    PROFILE

    • 川村明子

      東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食を軸に活動を開始。パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けたほか、著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)。
      現在は、雑誌での連載をはじめnoteやPodcast「今日のおいしい」でも、パリから食や暮らしにまつわるストーリーを発信している。

    • 室田万央里

      無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
      野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。

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