2020年のベラルーシと2014年のウクライナはこんなにも異なる - GLOBE+

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しぶといルカシェンコに不気味なロシア

前回お伝えしたように、ベラルーシでは8月9日投票の大統領選挙で体制側が大掛かりな不正を行ったと考えられ、それに抗議する全国民的な運動が続いています。死に体かと思われたルカシェンコ大統領ですが、本人は梃子でも動かない様子。また、ロシアは今のところ武力介入などには踏み切っていないものの、水面下で工作に乗り出した様子もあり、非常に不気味です。

ロシアがリモート介入するにしても限界がありますし、こんな状態でルカシェンコ政権がこれからやっていけるかと言えば、疑問です。ただ、本稿を執筆している8月21日の段階では、情勢があまりにも流動的で、何がどう転ぶか分かりません。

そこで今回のコラムでは、ベラルーシの民主化運動はそもそもどのような性格のものなのかという「基本の基」を考えてみたいと思います。その際に、2020年のベラルーシの動きは、2014年のウクライナの政変と相通ずる現象だという一般的なイメージがあるかと思います。管見によれば、確かに共通する要素もあるものの、かなり事情が異なる部分も小さくありません。そこで以下では、ウクライナと比較することによって、今日のベラルーシ情勢を読み解いてみることにします。

ヤヌコービッチ元ウクライナ大統領が在任中に築いた大豪邸の庭園。同氏の逃亡後に一般公開された(撮影:服部倫卓)

ヤヌコービッチは合法的な任期の途中で追放された

2014年のウクライナも、2020年のベラルーシも、強権的な大統領の圧政に耐えかねた市民が反旗を翻したという点では同じです。

ただ、当時のウクライナでは、時の権力者であるヤヌコービッチ大統領は、どう考えても合法的な存在でした。2010年1~2月の競争的な選挙に勝利し、2010年2月に成立したヤヌコービッチ政権は、2015年2月までが本来の任期でした。反ヤヌコービッチ・デモが2013年終盤に発生し、2014年に入って激化していったわけですが、まだ大統領の任期は丸々1年残っていたのです。

それでも、ウクライナ国民が立ち上がったのは、ヤヌコービッチ政権による専横が目に余り、もはやこのギャング政権の下では我々は生きていけないと思い詰めたからだったと思います。良く知られているとおり、デモが発生した契機は、2013年11月にヤヌコービッチ政権が欧州連合(EU)との連合協定の交渉を棚上げしたことでした。しかし、それはどちらかと言えば「きっかけ」であり、反ヤヌコービッチ運動は大統領がEUとの交渉を再開する意向(もちろん、どこまで真剣であったかは別ですが)を表明した後も激化していったのです。2013~2014年の攻防の焦点はヤヌコービッチ政権の存在そのものであり、2月22日にヤヌコービッチが首都キエフから逃亡してようやく国内の対決には終止符が打たれました。

逆に言えば、就任からわずか4年で、多くの国民に「もう我慢できない。1年後の選挙など待てない」という思いを抱かせたわけですから、いかにやりたい放題の酷い政権だったかということが分かります。ヤヌコービッチ一族は巨額の資金(一説には毎年80億~100億ドル)を国から簒奪していたとされ、その資金は上の写真に見るような豪邸の建設等に充てられました。

さて、ベラルーシではどうでしょうか? 近年のベラルーシでも、政権への不満は蓄積していました。ただ、ベラルーシ国民の場合は、不正蓄財のような悪行に怒ったというよりは(そのような側面も多少はあるとは思いますが)、とにかくルカシェンコ政権のスタイルが古臭く、そのやり方ではもはやこの国はにっちもさっちも行かないという危機感が大きかったと思います。

何せ、ルカシェンコ政権が誕生したのは、Windows 95が登場するよりもさらに1年前の、1994年7月です。どうしようもなく旧式で、バグを連発している「ルカシェンコ94」というOS。これをアンインストールしない限り、この国は前に進めないという認識が、多くのベラルーシ国民によって共有されるようになりました。ただし、そこは忍耐強いベラルーシ国民のこと、大統領の任期の途中で大規模な反ルカシェンコ運動に打って出るようなことはしませんでした。

その代わり、国民は2020年8月の大統領選挙に望みを託したのです。以前のコラム「『主婦』が『欧州最後の独裁者』を追い詰める ベラルーシ大統領選の行方」で論じたように、今年に入ってからの情勢変化、とりわけコロナ禍により、ルカシェンコ政権の求心力はかつてなく低下していました。ここで公正な選挙をやれば、とてもルカシェンコに勝ち目はありません。そこで反ルカシェンコ陣営は、体制側に不正を許さない、不正があった場合にはそれを告発してルカシェンコ政権に正統性がないことを明らかにするという姿勢で臨んだわけです。

多くの有権者は、野党統一候補のチハノフスカヤの呼びかけに応じ、不正の温床となる期日前投票は避け、8月9日当日、それも午後に投票所に向かいました。ベラルーシの選挙で投票所に長蛇の列ができるのは前代未聞ですし、市民たちの表情は、今こそベラルーシを自分たちの手に取り戻すのだという決意に満ちていました。

そうした中、案の定、政権側による選挙不正が明らかになってゆきます。選管は、開き直ったかのように、ルカシェンコが80%以上を得票し大幅リードと発表(最終的には80.1%と発表される)。市民が選挙不正に抗議の声を上げると、治安当局により容赦なく弾圧されました。デモ参加者はもちろん、何もしていない通行人までが殴打・逮捕される光景を目の当たりにして、市民たちははいよいよルカシェンコ体制の何たるかを悟ることとなります。事ここに至って、国民にとってルカシェンコはもはや合法的な大統領ではなく、単に暴力装置を駆使して最高指導者の地位にしがみついているだけの存在になったわけです。

ヤヌコービッチのあまりの専横に、国民の忍耐が限度を超え、大統領を合法的な任期の途中で追放したウクライナ。それに対し、選挙という正式の手続きを辛抱強く待ち、そこでルカシェンコがもはや合法的な指導者ではないことを明らかにした上で、同氏に退陣を迫っているのが今日のベラルーシです。 

2013年11月に反ヤヌコービッチ運動が始まった直後のキエフの様子。ウクライナ国旗、各党派の国旗などに加え、最初からEU旗が掲げられていた(撮影:服部倫卓)

ベラルーシでは東西地政学の要因は希薄

上述のように、2013年から2014年にかけてのウクライナ国民の抗議デモで、彼らを突き動かしていたのは、ヤヌコービッチ体制への拒絶反応でした。EUとの連合協定の問題は、きっかけにはなったものの、それが核心的な争点というわけではなかったのです。

ただ、脱ヤヌコービッチを求める動きは、最初から欧州統合路線とセットになっていたことも事実です。ヤヌコービッチはEUとの協定を棚上げし、ロシアのプーチンと結託しようとしている。このままでは、ロシアの支援により、邪悪なヤヌコービッチ体制が永続化することになりかねない。我々は、その対極にある欧州統合路線を選ぶのだ。反ヤヌコービッチ派の野党・市民側には、そのような論理があったと思います。かなり以前からウクライナの民主化運動にはEU旗が付き物になっていましたが、2013年暮れから2014年にかけてのユーロマイダンでもそれが目立っていました(上掲の写真参照)。

実際、2014年2月にヤヌコービッチ政権が崩壊したことは、欧州統合路線の勝利を意味しました。その後に成立した暫定政権、ポロシェンコ政権は、必然の流れとして、EUと連合協定を結び、EUとの一体化を軸とした国造りを目指すことになります。

それに対し、2020年のベラルーシ。筆者がデモの様子を観察していて気付いたのは、EUの旗を振っているような人がほとんどいない事実です。ベラルーシでも過去の民主化デモではEU旗が掲げられたりしたのですが、今回に限ってはそれが見られません。市民が振る旗は、白赤白の民族主義的な国旗(1995年にルカシェンコによって廃止されてしまったもの)に、ほぼ限られています。

これが意味するのは、2020年のベラルーシで問われているのは、あくまでもルカシェンコ体制存続の是非であり、「EUか、ロシアか」という東西地政学的な含意はきわめて希薄であるということです。もちろん、反ルカシェンコ運動参加者の中には、ヨーロッパの一員としてのベラルーシの未来を思い描いている人も少なくないでしょう。しかし、現時点でそれを前面に打ち出すと、戦いの焦点がぼやけてしまい、路線対立が生じる恐れもあります。今はとにかく、なるべく広範な国民を巻き込んで、ルカシェンコ体制に終止符を打つことが肝要。将来的なことは、事を成し遂げた後に考えよう。そのような意識が支配的なのではないかと思います。

今回の選挙でルカシェンコに挑戦しようとしたチハノフスカヤ(およびその夫のチハノフスキー)、ババリコ、ツェプカロらの政策を見ても、「EUか、ロシアか」という東西選択に関する明確な立場は示されていません。チハノフスカヤの選挙公約で、「対外関係」の項目を見てみたら、具体的な主張としては「ベラルーシは独立国である」という点しかなく、驚かされました。確かに、上記3名は、過度に政治化されたロシアとの連合国家条約は見直しが必要であるといった発言はしていますが、ロシアと決別してEUとの関係構築に向かうといった立場は特に示していません。

したがって、ベラルーシの反ルカシェンコ運動の結果、旧体制が崩れても、それが直ちに欧州統合路線の勝利を意味するわけではないのです。この点はウクライナとの大きな違いです。ロシアがポスト・ルカシェンコの新政権と良好な関係を築くことも、可能なはずです。

そう考えると、クレムリンがチハノフスカヤを欧米の息のかかった存在という色眼鏡で見たり、ベラルーシの民意を無視して何やら工作に動こうとしたりしていることは、ロシアの国益という観点から見てもどうなのかなと思います。せっかく、現時点でベラルーシには強い反ロシア感情はないのに、プーチンは盛大に墓穴を掘りに行っているように思えてなりません。

ただし、現時点でベラルーシの民主化運動で欧州統合路線が主たる要因ではないとはいえ、それが勝利したあかつきには、自然な成り行きとして、親EU的な方向性が強まるということは、大いに考えられます。そして、プーチンがベラルーシ国民の想いを踏みにじるような行動に出たら、その流れはさらに決定的になるでしょう。

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