「ごめんなさいね」20歳男性に母が衝撃告白。親族全員が… | 富裕層向け資産防衛メディア - 幻冬舎ゴールドオンライン

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「ごめんなさいね」20歳男性に母が衝撃告白。親族全員が…

日本人男性の3割が発症するというAGA(男性型脱毛症)。今回取り上げるH・Iさん(仮名・当時45歳)もまた、薄毛に悩まされた患者の1人でした。そんなH・IさんはAGAをどのように克服したのでしょうか。本記事では同氏が辿った軌跡を紹介します。(この記事は、音田正光著『薄毛革命「自毛主義」のすすめ』より一部を抜粋・再編集したものです。)

成人式で絶望に落とされる…そのワケは

それは20歳の成人式。晴れがましいはずのこの日は、私にとって思いがけず、衝撃的な日となりました。

成人式の会場で顔を合わせたのは、久しぶりに会う旧友。その彼が私を見て開口一番、こう言ったのです。

「頭、薄くなったねぇ!」

彼としては何気なく言った一言だったでしょう。でも私には非常にショックな言葉でした。

思えば、それまで自分でも薄々、額の生え際が後退していることに気づいていたと思います。でも、それを無意識に打ち消し、見ないふりをしていたのでしょう。ところが成人式の友人の言葉を聞いて以来、自分の薄毛をどんどん、はっきりと意識せずにはいられませんでした。

そこで母親に薄毛の悩みを相談してみることにしました。すると、母からまた驚くべき言葉を聞かされたのです。

「ごめんなさいね……。実は、私の実家も、お父さんの実家も、男性はみんな頭がつるつるなの。私もお父さんの実家もそうだなんて、結婚するまで知らなかったのよ。そういうわけだから、あなたの薄毛は遺伝なの。しかも両家からの遺伝だから、あなたがハゲない理由はないのよ」

これもまた衝撃的な告白でした。それを聞いた私は、「運命には抗えない」という諦めの気持ちと、「いや、一族郎党全員がハゲたとしても、自分一人だけはなるもんか!」と望みをつなぎたい気持ちとの間で激しく揺れたのを覚えています。

しかしあるとき、薄毛を認めざるを得ない瞬間がやってきます。たとえば理髪店の大きな鏡に映った自分の姿を見たとき。角度や光のかげんによって、鏡やショーウィンドーに映る薄毛があらわになったとき。そのたびにギョッとし、「自分は明らかにハゲてしまった……!」と思ったものです。しかも、薄毛は非情にも進行していきます。額がM字に薄くなり始めてから2~3年が過ぎると、頭頂部もはっきりと薄くなっていきました。

お父さんもあなたもね…

お父さんもあなたもね…

365日24時間、薄毛のことを考えてしまう

そうなると、もう何をする気も起きません。おしゃれをするどころか、何を着ようかなどと考えることもできません。なぜなら、髪のない人間にとって、髪が抜けることは鼻や耳が落ちることと同じなのです。本来あるはずのもの、自分にも以前はあったもの、ほかの人は当たり前に持っているものが、自分だけは日に日になくなる、その恐怖。その中で薄毛の人間は生きているのです。髪が薄くなってきたら思いきって坊主頭にする人もいます。それは潔く見えますが、実は薄毛を気にしているからこそ、することなのです。誰だって髪がないよりも、あったほうがいいに決まっています。

頭頂部まで薄くなってから、私は“背後”を極端に恐れるようになりました。バスに乗っても、一番前に立ったり、座ったりできません。エレベーターに乗ったときも、ボタンパネルのところなどは絶対に避け、壁際にへばりつくようにして立ちます。全て、人に背後から頭頂部を見られたくないからです。

それに日常生活でも、いつでも薄毛を気にしなければなりません。走ることもしたくないし、自転車にも絶対乗りたくありません。風に吹かれると、かろうじて額を隠しているつもりの毛が舞い上がり、額があらわになってしまうからです。だから、ちょっとした買い物も、必ず徒歩で行きます。もちろん突風なんて恐怖そのもの! だから風の日は外へ出たくないし、小雨だっていやです。すると当然、家に引きこもりがちになってしまいます。そんなふうに、1年365日、そして1日24時間、薄毛の悩みが頭のどこかに絶対的にあるのです。これは本当にたまらなく苦しいストレスでした。

社員旅行を早退したのは「ハゲいじりが嫌」だから

さらに、最も私を苦しめたのが、会社などの飲み会の席でした。同僚らと飲んでいると、私の正面の席に座った女性たちが、なぜかクスクス笑っています。いやな予感がして急いで振り返ると、一人の同僚が私の背後に立ち、薄い頭頂部にマジックでいたずら書きをしようとするような悪ふざけをしているのです。でも、怒ることはできません。酒の席だし、「冗談の通じないKYだ」と言われるのが怖いからです。くやしさ、恥ずかしさ、みじめな思いをかみしめながらも、「やめてくださいよ~」とおちゃらけ、彼らと一緒になって笑うしかないのです。

社員旅行でも同じようなことがありました。バスの中で、またみんなが私を見ながらニヤニヤ笑っています。見ると、誰かお調子者が、私の頭頂部をさするしぐさをして笑いを取っているのです。このときも私はみんなに合わせて笑うしかありませんでした。こんなことが社員旅行のたびにあったのです。私は我慢しきれず、嘘の体調不良を理由に、旅行から途中で一人、帰ったこともありました。薄毛の悩みを持たない人からしたら、「髪が薄いくらいで気にしすぎだ」と思われるかもしれません。でも、薄毛の人間にとってはそれほど深刻で、辛い悩みなのです。

また、世の中には事故や病気などのせいで手や脚を失った方もいます。不謹慎に聞こえるかもしれませんが、以前の私は「髪がないより、手や脚がないほうがマシだ」と思ったこともありました。手や脚は隠すことができるかもしれませんが、頭は必ず人に見られる部分であって、隠しようがないからです。

そんな私にも当時から付き合っていた恋人がいました。現在の妻です。彼女は「薄毛の男性でもいい」という珍しい女性でした。彼女と付き合い始めた頃、私は坊主に近い頭をしていました。それで薄毛を隠していたのです。ところが結婚を決め、結納をするとなると、相手の家族にも会わなければなりません。その頃は薄い頭頂部に“粉”を振っていました。これは髪の毛に似た人工のケラチンの細かい粉末。それを頭に振って付着させ、薄い部分を隠していたのです。

「結ぶ増毛法」に「カツラ」。あらゆる手段を試すも…

そんな私の苦しみや、藁にもすがる努力をあざ笑うかのように、ますます薄毛は進んでいきます。そして30歳目前になった頃、私は「この薄毛を、いよいよ何とかしなくてはならない」と思うようになりました。そこで、さまざまな増毛法を試していくことになるのです。

まず試してみたのは当然ながら、手軽な方法です。髪にいいといわれるシャンプーを使ったり、育毛剤を試してみたりしましたが、さっぱり効果がありません。

「これでは埒が明かない」と思い、次に選んだのは「結ぶ増毛法」です。これは自毛1本に4本の人工毛を結びつけて増やしていくものです。これには最初は満足しました。自分の髪が一気にグンと増える(ように見える)のですから。でも、それも時間の問題。当たり前のことですが、自毛は伸びてきます。人工毛を結びつけたまま伸びるので、人工毛が枝毛のように見えたり、ダマになったりしてしまいます。

それだけでなく、不自然なものを結びつけられた自毛には負担がかかって傷み、元の毛までが抜けてしまったりするのです。これでは薄毛が解決するどころか、健康な髪までを失ってしまいかねません。

そこで「結ぶ増毛法」はやめ、私は勇気を出してカツラにも挑戦してみました。調べてみると、カツラにもいろいろな種類があるとわかりました。その中から私が選んだのは編み込み式のカツラ。これは自分の髪の毛に細い糸を編み込み、それに別の糸でカツラをくくりつけるというものです。

編み込み式のカツラはサロンでつけてもらうものであり、24時間つけっぱなし。洗髪をするときも地肌までは指が届かないので、満足がいくように洗うことができません。だから、ほとんどいつも頭がかゆいのです。そこで、サロンではアイスキャンデーの棒のようなものをくれます。それを使ってカツラのすき間を縫うように頭をかくわけですが、これはとてもみじめで複雑な気持ちがしたものです。

それに、やはりカツラはカツラです。自分の髪が増えたわけではありません。「結ぶ増毛法」も一時しのぎで、永久にやり続けなければならないものでしたが、カツラも同じ。ずっとつけ続けるとしたら、メンテナンスや作り替えなどで非常に高額なお金が必要になります。

そして何より、カツラをつけ続けるということは、それはそれで心の大きな負担であり、ストレスだとわかりました。広い額や頭頂部を隠せはしても、所詮自分の髪でないもので覆っているだけ。根本的には何も解決していないからです。

起きたら出血に顔の腫れ…原因は「切る手術」?

そんな思いもあり、私は2006年、35歳のときに初めてクリニックを訪ね、自毛植毛手術を決断しました。インターネットなどで情報を集め、自分自身の毛を増やして薄毛を解消できるなら、それに越したことはないと考えたからです。

今から10年前のことで、当時、主流として行われていたのは「FUSS法(ストリップ法)」という自毛植毛手術でした。後頭部の皮膚を毛根ごと帯状に切り取り、そこから毛を移植するものです。当時は植毛手術を受けるとすると、それしか選択肢がなかったのです。

頭の皮膚を切り取る“手術”には不安もなくはありませんでした。でも、それより何より、自分の髪を増やして長年のストレスやコンプレックスを解消したい。その思いのほうが強かったのです。しかし、実際に手術を受けると、その後の激痛に苦しみました。皮膚を切り取り、大きな溝のような傷ができるわけですから、痛みがあるのは当然です。しかし、それにしても痛かったですね。話に聞いていたよりも、ずっと激しい痛みでした。痛みのために3日間は眠ることができなかったし、出血もなかなか止まりません。術後4日目からは痛さをこらえながらも何とか眠れるようになりましたが、朝、目覚めると枕は血だらけ。眠れるようになっても、それが何日か続きました。

しばらくすると、ようやく痛みも出血も徐々に収まっていきましたが、手術から半年経った頃にも、ときどきうずくことがありました。さらに頭を切る手術の影響で、顔も腫れて、変形してしまいました。手術後も会社へ通勤していたものの、私のそのひどい顔を見て、上司が「帰れ」と言ってくれたこともあります。そんな痛みや苦労は我慢するとして、一番肝心なのは髪の変化です。私は「髪が生えるなら、こんなことは何でもない!」と思っていました。それに当時は手術前に、「これでフサフサになれる」と聞かされていました。だから貯金をはたいて手術に臨み、その後の痛みにも耐えられたのです。

「まばらに毛が生えただけ」の絶望。そして…

ところが、手術後の頭の実態はというと、実は正直、「まばらに毛が生えた」という程度。以前に比べて2割増し、といったところだったでしょうか。私の場合、当時の技術では、後頭部からとれる毛根の株数は1500株が限界でした。それでは薄い頭頂部に満足いくほど移植するには足りなかったのです。さらに、当時のFUSS法で移植した自毛のうち、きちんと根づいて生えるのは100本中、約40本。つまり生着率4割だといわれていました。となると、まばらに毛が生える程度に終わったのは仕方のないことだったのでしょう。

しかし、せっかく決心して手術にまで踏みきったのに、まばらな毛が生えただけで満足することはできません。「こんなもんなの? 嘘でしょ?」それが私の本音でした。「まだまだ薄い。もっと増やしたい。お金さえあれば、また植毛したい!」そう思いながらも、私はすぐには二度目の手術に踏み切れませんでした。あの激しい痛みや顔の腫れをもう一度経験したくなかったのです。「だから、これで何とか生きていこう。生きていける」と、自分に言い聞かせていました。しかし、4年後のある日、再び私に植毛を決意させる出来事が起こりました。

職場での勤務中、私の前の席に座っている女性が、またクスクスと笑っています。振り返ると、同僚が私の頭頂部をマジックで塗るしぐさをしていたのです。このときも一緒になって笑いながらも、私は思っていました。「これはもう一度、何とかしなければいけない!」と…。

リベンジに選んだ「切らない手術」…その内容は?

そして2度目の植毛手術を決心して、再びクリニックを訪ねたのです。このとき知ったのが、新たな「FUE法」です。これは「FUSS法」と違ってメスを使わず、切らない、縫わない方法。そのため傷も小さく、痛みもとても小さいと聞きました。最初の手術では痛みに参り、2度目の手術をためらっていた私としては、それがまず大きなメリットでした。さらに髪の毛を大量に、密度濃く移植ができると聞き、それは一石二鳥だと思ったのです。

しかも、FUSS法では毛根の株を選ぶことなく一括して皮膚を帯状に切り取るので、そこには健康な良い毛根も、弱い毛根もどちらも存在します。役に立たない毛根は捨てられていたため、「愛のない手術」と呼ばれているとも知りました。その点、FUE法は無差別に毛根を切り取るのではなく、よい株だけを選んで採取できるといいます。それならば効率がよく、きっと結果にも期待できるだろうと思いました。

そこで私は2010年、2度目の手術を受けたのです。額の生え際に1500株を移植する手術でした。この手術は聞いていた通り、とてもラクなものでした。手術した翌朝も痛みはほぼゼロ。傷も本当に小さいので、化膿止めさえちゃんと飲んでいれば心配ありません。私の場合は、赤みが出たり、傷がかさぶたになったりすることもなく、2週間ほどで傷跡も消えてしまいました。

「切る」「怖い」「痛い」といった手術のハードルの高さがまったくないのは、凄いことだと思いましたね。最初の手術のときは、術後のあまりの痛みで何も考えられないほどでしたが、2度目の手術の後は、髪が生えてきたあとのことを楽しみに想像する余裕がありました。私の場合は1500株を移植したのですが、一つの毛根からは3本ほどの毛が生えてきます。しかも、FUE法での移植の生着率は約95%だと聞いていました。移植した毛がほぼ全て生着し、それが3倍に増えたら、髪はどんなにフサフサになるだろう。そう考えると、楽しみでたまりませんでした。

楽しみもつかの間…術後、一気に髪が抜けた。ナゼ?

手術後、額に移植した毛が一度抜けたことがあります。これは「ショックロス」というもので、心配する必要はないと聞いていました。一時的に毛は抜けても、毛根細胞は生きているのだから、大丈夫なのだそうです。

実際、その通りに毛はまたちゃんと生えてきて、安心しました。その後、髪は徐々に伸び始め、術後4カ月が過ぎた頃、明らかな変化がありました。自分の髪が勢いよくニョキニョキ生え、どんどん伸びるのです。しかも聞いていた通り、移植密度も濃く、仕上がりも自然です。これは本当に嬉しい驚きでした。以前の薄毛で広かった額が嘘のように、髪が黒々としてくると、ますます嬉しくてたまりません。薄毛に悩んでいた頃の暗い気持ちや、いつもいつも頭のどこかにあったモヤモヤなどが全て吹き飛んでしまったほどです。そうなると、毎日がとても楽しくなったことを鮮やかに覚えています。決して大げさでなく、「自分の人生が復活した!」と思いました。

私の人生の復活―それはたとえば、風が吹いていても、自転車に乗っても、いつも帽子なしでいられることです。それに人は自信がないと、何一つ積極的にできないものです。私も薄毛に悩んでいた頃は、人の目を見て話すことができませんでした。言葉は悪いですが、自分自身を“劣等種”だと思い込んでいたので、いつもどこかでおどおどと一歩引き、人とまともに会話をすることができなかったのです。

でも髪が増えて自信がついてからは、人の目を真っ直ぐに見て話をすることができるようになりました。仕事でも遊びでも引け目を感じることなく、対等にコミュニケーションを取れるようになったのです。こちらの接し方が変わると、相手の態度や見られ方も変わります。そうするとますます自信がつき、堂々と振る舞うことができます。そんな相乗効果をはっきりと感じました。

つまり、私は植毛手術を受けたおかげで、やっと、ごく普通のことが何でもできるようになったのです。それが私の「人生の復活」でした。

「実は…」髪が生えて知った、妻の苦い思いとは…

ところで、私は1度目の植毛手術を受けるときから、それを人に隠さず、カミングアウトしていました。「植毛をするから、きっと変わると思うよ」という言葉で予告していましたね。

その後、2011年にもFUE法で、3度目の植毛手術を受けました。頭頂部に1500株を移植したのです。この頃には髪はかなりフサフサになり、私のカミングアウトを聞いていた周囲の反応もより大きいものになりました。「植毛手術ってすごいね~!」という声をたくさんかけてもらい、嬉しかったものです。中には、あまり大げさな反応をしない人もいますが、それはデリケートな話題として気を使ってくれているのだと思います。

ところで、薄毛の悩みから解放されてしばらく経った頃、ふと気がついて、妻に尋ねてみたことがあります。「僕の髪が薄かった頃、本当はどう思っていた?」そう訊くと、彼女はこう答えました。

「デートしていた頃、よく食事に行ったでしょう。テーブルをはさんで向き合って麺類をすすったりしているとき、ふと目を上げると、うつむいたあなたの頭が目に入るの。今だから言えるけど、頭のてっぺんの薄い毛と地肌が見えると、正直、『あー……』って寂しい気持ちがしてた」

そんなこと、全然知りませんでした。彼女も、付き合っている恋人の髪が薄いことを寂しく思っていたのです。

でも、そんなこと私に言えるはずもありません。それにもちろん私のほうは、話題にしたくもされたくもありませんでした。お互いに辛かったのですね。申し訳ないことをしたと思いました。でも、そのときは「今だから言える話」として二人で笑い飛ばすことができました。それも植毛を受けて、悩みがすっかり過去のこととなったからです。そのとき、また改めて「植毛をして、本当によかった!」と思ったものです。

●筆者コメント

このH・Iさんの場合は、典型的なAGA(男性型脱毛症)でした。額の生え際から薄毛が進行して、後退が進んでいました。かなり広い部分が薄毛の状態になっていたので、現在の自毛植毛手術としては最大限に近い毛根を採取し、移植したケースです。額から頭頂部にかけては毛が薄いので、毛根が採れるのは頭の脇のほうと後頭部だけ。しかも2回目、3回目となると、採れる場所がどんどん限られていき、難しい手術となります。

 

そこで、可能なところ、採れるところから採れるだけ、といったレベルでベストを尽くし、移植を行いました。その甲斐あって、今ではとてもフサフサと豊かな髪になりました。

 

 

医学博士

音田 正光

 

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