養蚕に不可欠だったわら工品【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第99回 - 農業協同組合新聞

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【酒井惇一・東北大学名誉教授】

本題に入る前に一言、前回書いた「はけご」だが、その写真がパソコンで検索できたと農大時代の教え子(といってももう壮年だが)のOA君がメールしてくれた。山形県朝日町の方の書いたブログ(注1)のなかにあったのだが、たしかにそれだった。もしよければ検索して見ていただきたい。まだこの地域に残っていた、これからも残してもらいたいものだ。さて、本題に戻ろう。

昔の農村今の世の中サムネイル・本文

戦前、私の幼い頃、母の実家に春から夏にかけて行くと、いつも私たちが泊まりに行けば寝る場所になっている大きな部屋のむしろ(ここには畳がなくむしろが敷かれていた)と奥座敷の畳が片付けられて板の間となっている。そしてそこでは蚕が飼育されていた(注2)。
祖母は蚕の管理をしながらいつも家にいて私たちを迎えてくれるが、祖父と叔母たちは桑畑に行っていて、昼飯の時以外はいつも家にいない。畑に行ってみると、叔母たちと臨時雇いの人たちが樹高2メートルくらい(だったと思う)の桑の木の幹に足をかけたり、脚立に登ったりして、枝に密生している桑の葉を一枚一枚ていねいに摘み、腰につけた「はけご」に入れる。それがいっぱいになると大きな叺(かます)(前に述べた稲わらでつくられた容れ物)に入れ、また摘み始める。これを何度となく繰り返す。昼飯時になると葉っぱがぎっしり満杯に詰められたその叺(かます)を背負ってあるいはリヤカーなどに載せて家にもって帰る(大きな竹籠に入れ、背負って運ぶ地域もあったようだが)。
そしてその葉を、天井近くまで積み重ねた十段(くらいあったと思う)の棚に乗せられている竹を編んでつくった直径1メートルくらいの丸い網(蚕座(さんざ)といったのではなかったろうか)の上で飼われている蚕の上にびっしりと載(の)っけてやる。蚕はその新鮮な葉のなかから顔を出し、かしゃかしゃと音をたてて食い始める。あっという間に葉は骨(葉脈)だけになってしまう。このすさまじい食欲に応えなければならないのだから、午後はまた畑に戻って桑を摘み、夕方いっぱいになった叺(かます)を家に持って帰る。なお、臨時雇いの人たちは出来高払いで、叺(かます)に入れられた桑の葉の重さで日当をもらっていたようである。

こうして採ってきたたくさんの新鮮な葉を食べ、4回の脱皮=休眠(この期間だけは食欲がない)を繰り返して大きくなり、やがて透き通るような白い色になってくる。そうなると「上簇(じょうぞく)」の作業が始まる。成熟した蚕を稲わらでつくられた「簇(まぶし)」(=蚕が繭をつくる場所にする道具)に移すのである。
この「簇(まぶし)」の形状を口で説明するのはきわめて難しい。わらを山折り谷折りして編んだ高さ約10センチ・長さ約1メートルの三角形の山をたくさん波のようにつないで幅60センチくらいに編み込んだもの(きわめて不正確なこんな説明では想像できないかもしれないが)で(注3)、これをつくるのは農家の冬仕事だった。
この「まぶし」に移された蚕は適宜自分で場所を探し、わらに糸を吐いて自分を固定し、繭をつくっていく。これを見ていると面白い。糸をさまざまな方角に吐いて自分を囲い込み、そのうち繭の形ができあがってくる。最初は糸を吐いている蚕が見えるくらいに透き通った、さわるとすぐ凹むやわらかい繭である。やがてそれは固い繭になり、蚕は見えなくなり、やがてまったく動かなくなる。さなぎとなって休眠に入ったのである。蜘蛛(くも)が巣を張っていくのを見るのも面白いが、繭つくりを見るのも本当におもしろい。こうなってくるともう桑摘みもないので楽になる。一週間くらいして繭をまぶしから外す「繭かき」となって仕事は一段落である。後は繭の選別をして出荷するだけである。
この飼育作業を春から秋にかけて3~4回繰り返す。

これが戦前の一般的な養蚕であり、この養蚕が米と並んで日本農業の大きな柱をなしてきた。そしてこうして生産された繭・絹の輸出が日本の資本主義発展の基礎となったのだが、この繭の生産の中核となる上蔟作業を支えたのが「簇(まぶし)」=わら工品・稲わらだったのである。

こんな話をしても、今の若い方にはちんぷんかんぷんかもしれない。日本の養蚕は1990年代に壊滅したからである。
70年代からさまざまな技術革新を図り、簇(まぶし)についていえば稲わらからボール紙でつくられた「回転まぶし」に変え、わらが繭にくっついたりしないようにする、外すのもきわめて楽になる等々、労働生産性はすさまじく向上したのだが、貿易自由化、円高ドル安による安い絹の輸入でほぼ全滅してしまったのである。そして桑畑の多くは耕作放棄されてしまった。国内に絹の需要はあるし、生産能力、進んだ技術があったにもかかわらずである。

 「夕焼小焼の 赤とんぼ
  負われて見たのは いつの日か
  山の畑で 桑の実を
  小籠に摘んだは いつの日か」(注4)

昭和前半生まれであればなつかしく感じるこの歌ももう聞くことはほとんどなくなった。桑の実どころか赤とんぼもまともに見たことがないという子どもすらいる。負われたことのない子どももいるようだ。だからこの歌を聞いてもとくに何も感じないだろう。世の中変わったものだ。
桑畑は見られなくなったが、たまに道ばたに桑の木がひっそりと生えているのを見かけることがある。たまらなくなつかしく、その生命力に驚きつつ、ついでにくわご(桑の実)が生っていないかまで見てしまうが、やがてその桑の木も消えてなくなるだろう。

日本の神話に稲とともに蚕の話が出てくるが、大昔から日本農業の中心をなしてきた養蚕がほぼ絶滅した。その養蚕を支えてもきた稲作も衰退しつつある。やがて稲作もなくなるのだろうか。「愛国心」を唱える政治家たち、よく平気でいられるものだ。

注1.https://hakego.base.shop/about
注2.2020年3月5日掲載「不可欠だったむしろ(2)」参照。
注3.私の言う「まぶし」は、パソコンで検索した「養蚕:農林水産省www.maff.go.jp」のutに書いてあった「改良折わら蔟」(大正)というのともっとも似ているので、きっとそれだろうと思う。
注4.{赤とんぼ}、作詞:三木露風、作曲:山田耕筰、1927年。

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酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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