働くために日本に来たのに…:技能実習生の孤独 - Nippon.com

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母国を離れ日本にやってくる技能実習生たちは、職場で長時間労働、低賃金をはじめとするさまざまな問題に直面しても、相談できる家族や仲間がそばにいない。彼らが助けを求めるのが、中国人の甄凱(けんかい)さんだ。中華料理店の店主だったが、今は「岐阜一般労働組合」で実習生の生活のあらゆる相談を受けている。甄凱さんが見た技能実習生の孤独とは。

中華料理店店主から労働組合に

甄凱さんは1986年、留学生として27歳で日本にやってきた。日本語学校に2年、その後は東洋大学法学部で学び、日本でアパレル会社に就職した。中国人実習生を縫製の子会社で受け入れていたこの会社で、実習生の生活指導と通訳を担当。仕事を通して、当時の日本の実習生受け入れ制度を知ることになった。6年後、仕事で知り合った中国人経営者に引き抜かれ、通訳として新規事業に日本の銀行から融資を受ける際などの窓口業務を担当した。しかし中国人社員の不満や意見を聞き、それを社長に伝えたところクビになってしまった。

40歳からの再就職は難しかった。そこで、住んでいた埼玉県幸手市に作られた国際交流協会で地域と外国の人々との交流を深める仕事に取り組んだ。その理事を経て、市内に中華料理の店を開いた。「你好(ニイハオ)」という中国語の看板を出していたら、それを見て中国人実習生たちがお店に来るようになった。

彼らは「残業代が払われない」「労災が出ない」「長時間労働」などの問題を抱えていた。彼らに代わって埼玉県の国際交流課に相談したところ、外国人も含め誰でも加入できる個人加盟の「全統一労働組合」を紹介された。2004年のことだった。そこから全統一労働組合で通訳として関東の実習生の相談を受け始めた。「甄凱さんに問題を解決してもらった」という話が実習生のネットワークで岐阜に伝わり、通訳がいないという岐阜一般労働組合の要請を受け、岐阜市に赴き今に至る。

甄凱さん

甄凱さん

甄凱さんが岐阜に住むようになった9年前、自分の家の空いている部屋に、会社とのトラブルを抱え住むところのなくなった実習生を3人保護した。その後も徐々に保護する実習生が増え、知り合いが持っている3階建の物件を安く借り、4年前に現在のシェルターをスタートした。入居者は4年間で延べ265名。国籍は中国、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、フィリピンなどさまざまだ。シェルターに2年以上住んでいる人もいる。仕事中にケガをしてしまったが労災がおりないためだ。甄凱さんはこう説明する。

「こうした場合、まずはケガの治療をして、『これ以上治療をしても症状の改善はない』という症状固定となったら、労働基準監督署から一時金が支払われます。しかし、会社が自分たちには責任がないと主張して労災を認めないため裁判が始まるケースもあります。治療期間や裁判によってシェルター滞在が長引いてしまいます」

指を失うような深刻なケガ、3日にわたる長時間労働も

甄凱さんに届く実習生からの相談は、年100件以上に上る。なぜ実習生たちのためにそんなに骨を折るのか、という問いに甄凱さんはこう答えた。

「とても単純で、弱い人を助けたいという気持ちです。異国に来て、何もできない、言葉も分からない、何も知らない孤独な人が助けてほしいと言うのだから」

これまでに甄凱さんを頼って来た中国人は、こんな人々だ。日本に来てわずか3カ月で、カキの養殖場で足場の安定しない海上での作業中に針金で目を突いてしまった人。ダンボールを作る会社で仕事中に機械に巻き込まれ、指を3本つぶしてしまった人。これらは安全教育に問題があると言う。解体業の仕事で作業中に建物から転落してしまった人には、安全装置がついていなかった。職場でいじめに遭って3階から飛び降り、自殺未遂をした人も。ほかにも長時間労働とパワハラによって体や精神に不調をきたした人が働いていた会社では、中国人用と日本人用のトイレが分けられており、混んでいない日本人用のトイレを使ったら、それをひどく責められたりしたという。

賃金の不払いや、労働条件の切り下げもよくある事例だという。甄凱さんは、こう証言する。

「15名ほどの中国人実習生を抱えたある会社では、毎月5万円を給料から天引きしていました。労働者が辞められないよう不当に拘束する『強制貯金』です。それが3年間ですから、1人当たり計180万円です。会社側は3年経ったらこの分を支払って帰国してもらうということにしていたそうですが、そもそも強制貯金は違法です。また、会社は残業代として300〜600円という最低賃金以下の金額しか支払っていなかった。実習生たちが労働組合に相談したことを知った会社は、裁判所に破産を申請しました」

ある縫製会社で働くカンボジアの実習生の寮にあるシャワー室。実習生が暮らす場所は、このように環境の悪いところが多いという
ある縫製会社で働くカンボジアの実習生の寮にあるシャワー室。実習生が暮らす場所は、このように環境の悪いところが多いという

ある中国人の女性の実習生は縫製の仕事をしていたが、朝4時から翌々日の朝5時まで、2時間ほどの休みだけで連続で仕事をさせられ、倒れてしまった。女性は当初、母国の「送り出し機関」に相談したが助けてもらえず、甄凱さんのところにやってきた。

岐阜一般労働組合の団体交渉を受け、会社は100万円を支払うことを提案。しかし、金額が少ないことを理由に女性は拒否した。しばらくして会社は120万円を提示したが、これも女性は受け入れなかった。ところが交渉が長引いたことで、女性は考えを変えた。会社と直接交渉し、お金を受け取って帰国してしまった。団体交渉でお金で解決する場合、その2割を組合にカンパする約束になっているが、女性はそれを支払いたくなかったのだという。

「送り出し機関が、『労働組合は実習生の問題を解決して、会社から支払われるお金を中抜きしている』という悪口を吹き込んでいたからです。こうしたことはよくあります。残念ですが、われわれが助けようとした人たち全てが、これを社会問題とは捉えていない。自分だけの問題だと思ってしまう。しかし、個人の問題として処理してしまっては、本当の解決にはなりません」

会社から「逃げる」しかない選択肢

甄凱さんが実習生から受けている相談は、生活の細々したことにも及ぶ。

「実習生同士のケンカとか、誰かに騙されたとか、妊娠したとか、たくさんの相談を処理しています。労働問題ではありませんが、それらを解決しないと彼らも仕事にならないから。そのためとても手間がかかります。しかし放置はできません。そういった小さなことから、大きな問題が起こるかもしれないからです」

技能実習の適正な実施と実習生の保護のために設置された認可法人「外国人技能実習機構」も実習生のための相談窓口を置き、6カ国語の通訳を置いて対応している。しかし、「機構の窓口では、私たちのように生活の細かい相談にはのりません」と甄凱さん。そして相談できるところのない孤独な実習生たちは、「逃げる」しかなくなってしまうのだという。

「あるベトナム人実習生は、突然『入管がビザを認めないから』と会社に言われ帰国を迫られました。3日後にビザが切れるからと航空チケットを渡されて。母国の親に電話したら、『送り出し機関に支払った借金はどうするのか?』と言われ、周りの先輩に聞いても誰も理由が分からない。それで彼は友だちのところに逃げました。しかしパスポートや在留カードはビザ更新手続きのために会社に預けてあって、手元にない。仕事をすることもできず友人の家にこもりきりでノイローゼになった」

「困った揚げ句、その友だちの知り合いの日本人を通して、彼は私のところにやってきました。技能実習のビザが切れても別のビザを申請することができるのに、日本側で実習生を受け入れている協同組合は、彼に『帰れ』と言うだけだったというのです」

2019年4月には新たな在留資格「特定技能」がつくられ、外国人労働者の数は今後ますます拡大する。甄凱さんは、彼らが頼ることのできる「労働環境を管理監督できる組織があればいい」と考えている。

「われわれは、これまでの経験からそれができると思いますが、財源がありません。今NPOを作って国に話をしていますが、補助金はなかなか認められません。孤独な外国人労働者を助けるために、金銭的支援が欲しいと考えています」

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部
バナー写真:シェルターでの食事作り。昼は当番制、夜は甄凱さんの担当だが、みんなに手伝ってもらうことも(写真はすべて甄凱さん提供)

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