人類の目が前向きなのは「透視」するためだった⁉︎―マーク・チャンギージー『ヒトの目、驚異の進化』はじめに(ALL REVIEWS) - Yahoo!ニュース

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「ヤバそうな 目の本 が爆誕した」――Twitterで書影が公開されるや大きな反響を呼び即座に発売前重版が決定した、マーク・チャンギージー『ヒトの目、驚異の進化――視覚革命が文明を生んだ』(柴田裕之訳)。東浩紀氏(哲学者)、石田英敬氏(東京大学名誉教授)、円城塔氏(作家)、下條信輔氏(カリフォルニア工科大学教授)、養老孟司氏(解剖学者)が激賞、各界で注目を集める「目の本」とは、一体何なのか? ここでは刊行に先立ち、本書の「はじめに 超人的な視覚能力」を抜粋公開します。

◆人類の目が前向きなのは「透視」するためだった⁉︎

私たちは科学のおかげで、生物学的構造の目的、すなわちその能力は何のためにあるのかについての仮説を立て、その仮説とそれが予測するものを試すことができる。そうした予測としては、能力が棲息環境によってどのように変わるか、その能力を持った動物がほかにどんな特徴を持つことが見込まれるか、さらには、ほんとうにその能力を念頭に置いて生物学的構造をデザインしたのなら、それがどんな形をとるか、などが考えられる。私たち科学者は、このようにして構造の持つ能力の正体を突き止める。

そしてそれこそ、科学者である私が本書ですることだ。私は能力、とくに超人的な能力、さらに具体的に言えば、四つの超人的な視覚の能力の正体を突き止めたいと思う。その四つとは、色覚、両眼視、動体視力、物体認識という、視覚のおもな下位区分のそれぞれに属するもので、スーパーヒーローの用語でいえば、テレパシー、透視、未来予見、霊読(スピリット・リーディング)となる。さて、あなたは、「そんな能力を私たちが持っているはずがない。そんなことを言うとは、この著者は頭がおかしいに違いない」と思っているかもしれない。だが、心配はご無用。本書には怪しげなところはまったくない。たしかに私は、人間にはこの四つの超人的能力があると主張しているが、それは現実の肉体と脳が発揮する能力で、そこには謎めいたメカニズムも、魔法も、うさん臭い事柄も入り込む余地がないことを断わっておきたい。信じてほしい。私はまっとうで保守的でまじめ一辺倒の科学者で、ケーブルテレビの科学番組が「心霊現象」とか「霊能者」といったナンセンスを取り上げるとイライラする。

それならなぜ、超人的能力の話などするのか? 「魔法がなければ、超人的能力もありはしない」と言う人もいるだろう。まあ、そうかもしれない。だが、私はこう言いたい。「魔法などないけれど、それでも超人的能力はある」と。私が先ほどの四つの力を「超人的能力」と呼ぶのは、これまでそのそれぞれが超人的なキャラクターのものとされ、私たち凡人にはまったく手の届かない能力だと思われてきたからだ。

私たちは視覚の超人的能力を持っているのに、誰もそれに気づいていないというのは、みなさんに本書を楽しんでもらえる理由の一つになると思う。なにしろ、超人的能力というのは、そもそもおもしろいものだから。それは否定のしようがない。もっとも、超人的能力は本書の話のごく一部でしかない。四つの超人的能力はそれぞれ氷山の一角で、水面下には人間の本質にまつわる根本的な疑問が隠れている。じつは、本書の目的は、「なぜ?」という問いに答えることなのだ。なぜ人間には色付きでものが見えるのか? なぜ人間の目は前向きについているのか? なぜ人間は目の錯覚を起こすのか? なぜ文字はみな、現在のような形をしているのか?

これら四つの深遠な科学的疑問と四つの超人的能力の間に、いったい何の関係があるというのか? ここで答えをすべて明かしたくはない(それを解明するために本書の残りがあるわけだ)が、少しだけ興味を煽っておこう。人間が色覚を持っているのは、肌を見て、敵や味方の感情と状態を感知するためだ(テレパシー)。目が前向きについているのは、自分の鼻や身の周りの邪魔物の先を見通すためだ(透視)。目の錯覚は、現在を正しく知覚するために、脳が未来を見ようとしているからだ(未来予見)。そして、文字が自然界のものと似た形へと何世紀もかけて文化的に進化したのは、人間は自然を見るのが得意になるように進化してきたからだ。そして、こうした文字のおかげで、人間は他人の考えを易々と読むことができる。生者ばかりでなく、死者の考えも(霊読)。

これらの超人的能力の背後にある話は視覚にかかわるとはいえ、もっと広く言えば、脳とその進化についてのものだ。人間の脳の半分は視知覚(視覚による知覚)に必要な計算を行なうために特化しているので、エネルギーの半分ほどを視覚に費やさなければ、脳を研究することはできない。視覚をないがしろにしたら、聴覚や嗅覚を無視したときとは比較にならないほど失うものが大きい。また、人間の脳は「半分が視覚的」であるだけでなく、人間の視覚系は脳のうちで圧倒的に理解が進んでいる部分でもある。過去一世紀にわたって、視覚心理物理学と呼ばれる分野の研究者たちが、目の前の刺激と、それが目の奥の脳の中で引き起こす知覚との関係の解明に取り組んできた。ジョン・オールマンやジョン・カース、デイヴィッド・ヴァン・エッセンらの神経解剖学者は、何十年も前から、霊長類の脳の視覚領域のマップを作成している。そして、ほかの大勢の研究者が、これらの領域の機能特化とメカニズムの特徴を調べている。

さらに、脳にまつわる「なぜ」を解明するには、人間の脳の進化と、進化の間に優勢だった自然の生態学的条件を理解する必要があり、これまた、ほかの感覚や認知的・行動的特性よりも視覚についてのほうが、はるかに理解が進んでいる。視覚のために使われている領域は広く、脳のおよそ半分にまで及ぶとはいえ、人間の脳のうち最もよく理解されている部分の半分以上が視覚に絡んでいる。したがって、脳をまともに理解しようとすれば、どうしても視覚が要となる。

では、私は何者か? まっとうで保守的でまじめ一辺倒の、ケーブルテレビの視聴者であるばかりでなく、理論神経科学者でもある。つまり、物理学と数学の分野で受けた教育を活かして、神経科学の領域で斬新な理論を提起して試しているということだ。だが、もっと具体的に言うと、脳や体、行動、知覚の機能とデザインの研究に関心がある。生物学と神経科学のどこに胸を躍らせているかといえば、それは、物事が実際にどういう仕組みになっているかではなく、なぜ現在のありようになっているかという点だ。たとえ、人間の色彩知覚を引き起こす脳のメカニズムを説明してもらっても、私にとっていちばん重要な問題は手つかずのまま残る。すなわち、そもそもそのような知覚を生じさせるメカニズムを、なぜ人間が進化させたか、だ。この疑問は、(私にとっては退屈な)具体的なメカニズムの問題ではなく、なぜ人間は現在のようになっているかという、究極の理由に迫る。そのような「なぜ」という疑問に答えるために、私は進化も学ばなければならなかった。進化と、ある特性(たとえば色覚)が進化した生態学的条件を理解して初めて、究極の答えにたどり着くことができるからだ。というわけで、私は進化理論神経科学者ということになるのだろう。だから、本書は視覚科学の四つの斬新な考えだけでなく、進化にも重点を置いている。

だが、前口上はこれでもう十分だ。さっそく始めよう。それとも、こう言うべきなのかもしれない。さあ、超人たちの登場だ!

[書き手]マーク・チャンギージー(著)
理論神経科学者。カリフォルニア工科大学の理論神経生物学特別研究員、レンスラー工科大学認知科学部准教授を経て、現在、認知・知覚の基礎研究を行なう研究所2AILabsのディレクターを務める。また、「VINO OPTICS」「ヒューマンファクトリー・ラボ」を立ち上げ、能や認知に関わる技術開発に取り組んでいる。カリフォルニア工科大学教授、下條信輔との共同研究によっても知られる。他の著書に『〈能と文明〉の暗号』、小説Human3.0などがある。

柴田裕之(翻訳)
翻訳家。早稲田大学・Earlham College卒。訳書にリドレー『繁栄』『進化は万能である』(ともに共訳)、ローゼンタール『運は数字にまかせなさい』(以上早川書房刊)、ハラリ『サピエンス全史』他多数。

[書籍情報]『ヒトの目、驚異の進化』
著者:マーク・チャンギージー / 翻訳:柴田 裕之 / 出版社:早川書房 / 発売日:2020年03月6日 / ISBN:4150505551

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February 28, 2020 at 04:00AM
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