暗号を解き記憶を取り戻したサブロウ。ハンドレッズも再結成に思われたが……。 小林泰三「未来からの脱出」#4-1 | 小林泰三「未来からの脱出」 | 「連載(本・小説)」 - カドブン

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小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

とある施設で暮らすサブロウは、過去の記憶がないことに違和感を覚えていた。「ピースを集めよ」というメッセージと、建物から出られるアイテムを発見したサブロウは、「協力者」がいることを確信する。チーム・ハンドレッズを結成し、施設からの脱出を目指すが突然、メンバーのドック、エリザが立て続けに姿を消す。記憶を消された二人が再び姿を現したのを見て、サブロウは自分宛ての暗号として記憶を残すことを思いつき、ひそかに実行する。

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   14

「よくこんな方法を思い付いたもんだ」ミッチは日記帳をぱらぱらとめくりながら感心したように言った。
「ドックのおかげだ」サブロウは答えた。
「出掛ける前にドックと相談したのかい?」
「覚えていないが、たぶんしていない。ただし、短い会話はしたようだ。自分宛のメモが残っていた。『大事なことは本人にのみ解ける暗号を使え』って。これは俺の発想じゃなく、ドックのものだろう」
「どういう意味だい?」
「ドックとエリザは身をもつて、記憶を消されるという事実を証明してくれた。対策をとらないのは間抜けだろう。記憶を消されるなら、自分宛のメモを暗号で残しておけばいい。たとえ記憶を消されても、いずれ俺はこの日記帳の暗号を再発見すると推測したんだ。そこに追加で自分宛の通信を書いておけばいい」
「エリザは対策をとらなかったんだろうか?」
「彼女はドックが脱出を試みて、記憶を消されたということを確認するために、失敗を覚悟でやったんだろう」
「でも、記憶を消されては確認できないじゃないか」
「自分のためじゃない」
「じゃあ、わたしたちのために?」
「そういうことだろう。おそらく彼女自身は自分宛の通信は残していないと思う。元々、日記を書いていたのなら別だが、いきなり日記を書くのは不自然だし、暗号を隠すのに充分なページ数が埋まるまで何か月も掛かってしまう」
「じゃあ、これからハンドレッズの再結成だね」
「それは、どうしたもんだろうか?」サブロウは考え込んだ。
「どうしたんだい? もう脱出を諦めるのかい?」
「諦めはしない。だけど、あの二人は充分危険な目にあったんだろう。俺はあの二人と君を厄介なことに巻き込んでしまった。もう一度、巻き込んでいいものかどうか」
「いいや。違うよ。わたしたちは全員最初から厄介事に巻き込まれていたんだ。あんたはただそれに気付かせてくれただけだ」
「気付かなければ、幸せだったかもしれない」
「わたしは今の方が幸せだけどね。生きていくのには張り合いがあった方がいいに決まっている」
「危険だぞ」
「いや。あんまり危険はないだろ」
「敵は特定の記憶を消去できる程の技術を持ってるんだぞ」
「だから、それだけだろ?」
「えっ?」
「わたしたちが何かしたって、やつらは記憶を消すだけだ。わたしたちがここで生きている時点で殺す気はないし、脱出しても記憶を消してここに戻すだけだ。やつらの目的が何かわからないけど、もし殺す気ならここで世話なんかしないだろうし、記憶を消して戻したりしないだろう」
「なるほど」サブロウはうなった。「なんだか説得力のある仮説に思えてきたよ」
「実際、そうとしか考えられないよ」ミッチは言った。「少なくともドックは必要だ。彼の洞察力は侮れない。彼の協力がなかったら、敵を欺くことはまず無理だと思う」
「君の電気・機械の技術も余人を以ては代えがたい」
「エリザの情報収集能力もね」
 サブロウは首を振った。「彼女の能力も卓越している。だけど、脱出に絶対必要とまで言えるだろうか?」
「確かに、彼女の能力は脱出そのものより、脱出前の方が役立ちそうだ。だけど、彼女をチームに入れない理由にはならないだろう。脱出計画を立てるには彼女の力が必要だ」
 二人は黙って互いににらみ合った。
 数分間った頃、最初に口を開いたのはサブロウだった。「わかった。このままだと平行線で先に進まない。どうだろう。提案なんだが、まずはドックを仲間に入れないか? エリザを加えるかどうかは彼とも相談して決めるということで」
「わかったよ。とりあえず、ドックを勧誘することで同意するよ」

 書架の前で本を選んでいるドックの元にミッチがやってきた。
「どうした、何か進展があったということか?」ドックは本を探す動作をしながら振り向きもせずに言った。
「サブロウが戻った。そして、記憶を取り戻した」
「それは信じ難い。わたしですら取り戻してはいないのに」ドックは特に動揺などしていない様子だった。
「厳密に言うなら、記憶を取り戻したのではなく、記憶を失う前の自分からのメッセージを解読したんだ」
「それなら、納得だ」
「サブロウはあんたよりうまくやったということだよ」
「そうとは言えない。わたしには自分の記憶が消されることを想定するだけの材料がなかったのだろう。だが、サブロウにはそれがあった。わたしの犠牲のおかげでね」
「あなたともう一人──エリザのおかげでもある」
「ふむ。もう一人いた訳だ。記憶が消されることがわたしだけに起こる特別な事象かどうか確認したんだな。非常に筋が通っている。ということは彼女も記憶を失っているはずだ。連絡はもうしたのか?」
「それについて、サブロウと意見が合わないんだ。あんたも相談に乗ってくれないか?」
 ドックは指で顎を触った。そして数秒間考えた後、言った。「わかった。君たちと合流することはリスクを伴うが、ときにはリスクをとらなければ先に進めないこともある。それに、リスクと言っても最悪、敵に何もかも知られた後、記憶を消されるだけだ。どうということはない」

「わたしはエリザを仲間に加えるべきだと思う」ドックは明言した。
 ミッチはほら見たことかという表情でサブロウを見た。
 ここはミッチの部屋だ。三人の中でまだ目を付けられていない可能性が高いということで、彼女の部屋を作戦会議の場に使うことになった。
 ミッチらしく、武骨な部屋だった。机の上にも床の上にも計算式が書かれたメモが散乱していて、それらの間に工具や回路部品が見え隠れしている。
 サブロウは車椅子で乗り入れるのにちゆうちよしていたが、ドックは頓着せずにそのままばりばりと様々なものを車椅子で踏み付けながら、入室したのだった。それを見て、結局サブロウも意を決して部屋に入った。
「彼女を仲間に加えるのにはリスクがある」サブロウは反論した。
「すでにこの三人が集まるだけで、リスクは冒している。彼女を加えることで、それほど危険が増すとは思えない」ドックは再反論した。
「メリットとリスクをてんびんに掛けるべきだ」
「メリットもリスクも正確に評価することはできない。なにしろ、敵のことも外のことも何一つわからないんだから」ドックは肩をすくめた。
「だったら、なおさら、もうこれ以上、リスクをとるべきじゃないんじゃないか?」
「では、なぜわたしを呼んだ?」
「呼ばれて不満だったか?」
「いや、全然」
「だったら、問題ないだろ」
「エリザだって、呼ばれても不満はないかもしれない」
「……俺は全体のリスクのことを考えているんだ」
「どういう意味だ?」ドックは片眉を上げた。
「四人で脱出したら、成功したとしても失敗したとしても、それで終わりになる。ここに残った入居者は全員取り残されることになる」
「成功したときは、もう誰も戻ってこないからね」ミッチが言った。「でも、失敗したときはまた最初からやり直しだろ?」
「さすがに敵もそんなに甘くはないだろう。単に記憶を消すだけではなく、厳重な監視が付くかもしれない。あるいは、何か別の措置をとるかもしれない」サブロウは言った。
「別の措置って?」
「薬漬けにするとか、ロボトミーを施すとか」
「まさか」ミッチは身震いした。
「それが楽しい状態だとは思わない」ドックは言った。「しかし、我々はもう百歳なんだから、その状態はそれほど長く続かないだろう。さほど悲観的になる必要はない」
「自分たちのひどい状況を予想して悲しんでるんじゃない。我々が失敗したら、もう誰も後に続かなくなることを憂えているんだ」
「ああ。そういうことか」ドックは納得した。「じゃあ、誰か一人が残ればいいんじゃないか?」
「その一人にはちょうど記憶を失っているエリザが適任だと言ってるんだ」サブロウは顔を真っ赤にして言った。
 ミッチは突然に落ちたようにうなずいた。
 だが、ドックは不思議そうに言った。「記憶を失っている状態では駄目だろう。結局、後継者はいなくなってしまう」
「彼女なら、自力でこの施設の異常性を再発見するだろう」
「するかもしれない。だが、確実ではない。なぜ、彼女に真実を知らせることを拒むんだ?」
「ドック、サブロウの心情をわかってやったらどうだい?」ミッチが言った。
「心情? なぜ、今彼の心情の話を?」ドックは尋ねた。
「心情は関係ない!」サブロウはますます顔を赤くした。「ミッチ、君は黙っていてくれ。話がややこしくなる」
 ミッチは肩を竦めて、口をつぐんだ。
「彼女に真実を知らせ、その後、彼女をここに残したら、彼女はまるで見捨てられたかのような気持ちになるとは思わないか?」
「さあ、わたしは彼女ではないので、よくわからないが」ドックは言った。
「普通はそうなるんだよ」
「普通はそうなるのか?」ドックはミッチに尋ねた。
「ミッチの意見は参考にしなくていい」サブロウが慌てて言った。
 ミッチはまた肩を竦め、あきれたという表情をした。
「じゃあ、どうするんだ? エリザに何も知らせなければ、結局この施設に残った入居者を見捨てることになる」
「俺が彼女にメッセージを残していく」
「それはまずいんじゃないか? 敵に察知されるぞ」
「『協力者』が俺にやったように何かの暗号で残していくんだ」
「彼女は日記を付けているのか?」
「日記以外の方法もある」
「どんな方法だ?」
「ミッチに協力してもらう。彼女の車椅子が一定距離動いたら、コントロールボックスのふたが開くようにして貰う。そこにヒントを隠しておく」
「それじゃあ、敵にもばれてしまうだろう」
「彼女しか知らない情報を鍵にした暗号にしておくんだ」
「君は一度記憶を消されているから彼女に関する情報なんか知らないだろ」
「わたしが覚えている。すでにサブロウには根掘り葉掘り聞かれたよ」ミッチが口を開いた。
「この方針で問題ないな」サブロウが念を押した。
 ドックは片眉を上げた。「その方針が最善であるという確証はないが、全員で脱出することが最善であるという確証もない。君がそうしたいと言うのなら、わたしに異論はない」
「ミッチは?」
「ドックがそう思うなら、わたしも構わないよ」
「よかった。では、俺は一人で暗号の作成方法を考えてくる」サブロウは部屋から出ていった。
「全く不可解な男だ」サブロウが出ていった後、ドックはつぶやいた。
「いや。とてもわかりやすいと思うよ」ミッチは言った。「サブロウはエリザに特別な感情を持っている。だから、できるだけ彼女を危険な目にあわせたくないんだ」
「二人とも百歳前後なんだぞ」ドックは彼には珍しく驚いたような顔をした。
「恋に年齢は関係ないさ」
「サブロウはエリザとの交流の記憶を持ってないはずだが」
「敵は記憶を消せても恋心は消せないのかも。それとも、恋なんて大して重要じゃないと思ったのかもね。馬鹿なやつらさ」
 ドックは無言で腕を組んだ。だが、どことなく愉快そうではあった。

#4-2へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!



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