ここは本当に美術館? 現代アートチーム「目」が問いかけるものは - Asahi Shimbun GLOBE

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そこでは島全体が一つのパノラマなのだ。別々のパノラマが集って又一つの全く別なパノラマが出来ているのだ。この小さな島の上にいくつかの宇宙がお互に重なり合い、食違って存在しているのだ。江戸川乱歩『江戸川乱歩ベストセレクション⑥ パノラマ島綺譚』(角川ホラー文庫、2019)、初出は『新青年』1926年10月号〜1927年4月号

アーティストの荒神明香、ディレクターの南川憲二、インストーラーの増井宏文の3人によるアートチーム「目」の個展「非常にはっきりとわからない」には、始まりからして違和感があった。まず会場の千葉市美術館1階のホールが奇妙に雑然としている。養生シートが張りめぐらされ、三角コーンが並び、足場が天井近くまで組まれている。美術館のビルはこの後改修工事を予定しているとのことだが、観客を受け入れる環境にはそぐわない。

「目」の個展「非常にはっきりとわからない」千葉市美術館1Fホール風景 Photo: Max Pinckers
千葉市美術館1Fホール風景 Photo: Max Pinckers

7、8階の展示会場のうちまず8階に向かうと、展示作業中の空間が広がる。ブルーシート、脚立、作品のクレート、作業道具などが置かれている。梱包された彫刻らしきもの、薄紙で覆われた作品、日本美術の屏風や絵画が見える。観客は床に示された作業動線に導かれるように移動する。人だかりの先を見ると、作業員にしては素人くさい人たちがクレートや壁を動かしている。なんということのない作業を観客たちがじっと見つめる。

「目」の個展「非常にはっきりとわからない」展覧会場風景
展覧会場風景 Photo: Max Pinckers

エレベーターで7階に降りると、こちらも上階と同じような展示現場だ。しかし、今度は8階では見なかったインスタレーションがある。透明のテグスで天井から吊られた夥しい数の時計針。時計本体はなく、その針だけが動いているのだ。虫や鳥などの生物の集団にも似た無数の針が刻む時。さながら顔や身体はないのに笑う口元だけが空中に浮かぶ『不思議の国のアリス』のチェシャ猫のようだ。

《movements》(2019)
《movements》(2019)
《movements》細部
《movements》細部

再び8階に向かうと、先ほどなかったこの時計針のインスタレーションが目に入る。7階と間違えたかと思ってから気づく。8階にも元々この作品はあったのだ。作業員がカーテンを開閉させたことによって出現した(であろう)作品に違いない。7階と8階に全く同じような空間があり、作業員によってそれが刻々と変わっているという仕掛けに気づくと、確認したくなるのが人間の性分である。上階と下階を行き来して(撹乱するためにご丁寧にもエレベーターの階の数字は紙で隠されている)クレートの傷まで一緒だ、壁に記された丸の数が違うのか、こちらの絵が複製なのではと考え始める。アーティストの企みに巻き込まれていることに気づきながらも。

「目」の個展「非常にはっきりとわからない」展覧会場風景
展覧会場風景 Photo: Max Pinckers

「目」は、虚と実、本物とコピー、表と裏などに注目し、人間の知覚を探る作品を発表してきた。ギャラリー空間をホテルに改造したり、廃墟に人工の湖を作ったり、そっくりの岩を並べたり。境界はどこにあるのだろう。人は何を見ているのだろう。

《たよりない現実、この世界の在りか》(資生堂ギャラリー、2014 Photo: Ken Kato)
《たよりない現実、この世界の在りか》(資生堂ギャラリー、2014 Photo: Ken Kato)
《Repetitive Objects》(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018)
《Repetitive Objects》(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018)

元は文化施設だった敷地に湖を出現させた《Elemental Detection》(2016)の制作の発端は、荒神の「風景に近づきたい」という願望だったという。山そのものに触れたくても近づくにつれて森、林、木になっていき、触れることができるのは幹や葉でしかないという現実。その摂理に抗って創りあげた作品は、湖面を歩くことが可能な「景色のままで」触れることのできる自然だった。*

*クロージングトーク「目[mé] 非常にはっきりとわからない展について」(千葉市美術館、2019年12月28日参照)

《Elemental Detection》(さいたまトリエンナーレ2016)
《Elemental Detection》(さいたまトリエンナーレ2016)

しかしこのような願望にはいささかの危険が伴うだろう。冒頭に引用した江戸川乱歩による『パノラマ島綺譚』は、理想のパノラマ(人工風景)作りに取り憑かれた男の話である。その中で人工の湖に椿の花が落ちるシーンがある。秘密を知った妻がのちに男に殺されることを予見させるものだ。

でも、それが余りに静であったものですから、沼の水も気づかなかったのか、一筋の波紋を描くでもなく、鏡のような水面は依然として微動さえもしませんでした。『江戸川乱歩ベストセレクション⑥ パノラマ島綺譚』

『パノラマ島綺譚』が姿形がそっくりな人間が入れ替わる話であったように、アイデンティティのゆらぎは世界がいかに不確かであるかをあばき、あらゆる因習や決めごとに疑いの目を向けさせる。どちらの岩が「本物」なのか。その違いはどこにあるのか。

展覧会の7階の会場で起こっていることを8階で同時に確認することはできない。私たちは全てを見ることはできないのだ。さらに、あの終わらない展示準備作業はどこへ向かおうとしていたのか。そもそも展覧会とは何か。何をもって完成とし、何を見せるのか。

果てしない問いの答えは「わからない」。そのわからなさの不条理と豊かさを「目」は私たちに気づかせる。わからないことは不安を呼び起こすかもしれない。けれども「わかっている」ことほど危険で、また退屈なものはないだろう。

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